くちづけ

  トレーニングの最中に、うっかり寝入ってしまったらしい。
  目を覚ますと、あたりはもうすっかり日が落ちて、薄暗くなってきていた。
  両腕を頭の上にあげるとのびをした。大口をあけてあくびをしていると、キッチンのドアが大きく開いたのが目の端に映った。
「起きたか、ゾロ」
  キッチンから飛び出してきたルフィが、勢いよく腕を振り回しながら声をかけてくる。
「おう」
  返しながらもゾロは、首を左右に回し、こきこきと音を立ててみる。強張っていた筋肉がほぐれるのにつれて、骨がポキポキと鳴った。
「晩メシ、肉が出るってさ」
  嬉しそうにルフィが言うのに、そう言えばと、ゾロは鼻をひくつかせた。
  開け放たれたキッチンの奥から漂ってくるのは、香ばしく焼けた肉のにおいだ。
  途端に、ゾロの口の中に唾液が沸いてくる。肉でも魚でも構わない。メシと聞けば唾液が出てくるのは、サンジの作るメシがうまいからだろう。
「肉、肉……」
  嬉しそうにルフィがはしゃいでいる。
  こうしていると、ほんの子どもにしか見えない。無邪気で、無垢な、海賊王を夢見るあどけない少年だ。
「皆、集まってんのか?」
  メリー号からサニー号に乗り換えて、仲間も増えた。食事時も、ずいぶんと賑やかになった。と、同時にそれだけ、個人のプライバシーは無視される傾向にあった。
  ゾロの問いにはすぐに答えず、ルフィは汗っぽい筋肉質な胸の中へと飛び込んでくる。
「まだ、全員揃ってねえよ」
  裸の胸に頬をすり寄せ、クスクスと笑っているのは確かに、少年の顔をしたルフィだ。
「汗臭いだろ?」
  いつもナミに言われる言葉を思い出して、ゾロが尋ねる。
「いいや。それよりお前、太陽のにおいがするな」
  そう言ってルフィは、ゾロの胸にチュ、と唇を押し当てた。



  夕食の後、展望室で二人はひとしきりじゃれ合った。
  二人で海に出たあの日から、まわりの顔ぶれは着実に増えている。
  それぞれの夢を叶えるための一歩を踏み出し、それぞれの早さで前進してきた。
  その間に、二人の気持ちもゆっくりとかわっていった。
  今の二人は、恋人同士だ。
  仲間の目を忍ぶ恋ではあったが、どちらも不満を洩らしたことはない。
  展望室の床に座ってキスをすると、ルフィが舌を差し出してきた。すかさずゾロは自分の舌を絡めると、ルフィの舌を吸い上げた。
「んっ……」
  なにほども力を入れずにくい、とルフィの肩を押すと、されるがままに床に体が沈み込む。
「息が上がってるな」
  ニヤリと笑って、ゾロは言った。
  肩で息をしながらもルフィは、口元に無邪気な笑みを浮かべていた。
「お前のことが、好き」
  そう告げると、腕をさしのべ、ゾロの首をくい、と自分のほうへと引き寄せる。
  唇を合わせると、それだけで体温が上昇したような気になる。
  キスの合間にうっすらと目を開けてみると、ゾロは眉間に皺を寄せていた。その表情がなんともゾロらしくて、ルフィはつい、喉を鳴らして笑ってしまった。
「ん? なんだ?」
  怪訝そうにゾロが唇を放した。
  不意に離れていった唇を、ルフィは名残惜しそうに眺める。
  唇をペロリと舐めるルフィの舌先が艶めかしくて、ゾロは目眩を覚えた。
「好きだ、って言ったんだ」
  そう言ってルフィは、また微笑んだ。
  雲の隙間から顔を出した月の光が、窓の隙間から差し込んできては、ルフィの頬を照らしていく。
  唾液で湿った唇が、なんとも艶めかしかった。



  体の関係を持つ二人は、キスもすれば、セックスもする。
  恋人同士だから、当然と言えば当然だろう。
  ゆっくりと舌で口の中を蹂躙すると、ルフィの鼻にかかった喘ぎ声らしきものが聞こえてくる。声を出すのを堪えているのか、たいていは苦しそうに息を殺している。
  唇を離すとゾロは、舌先でルフィの唇をペロリと舐める。
  シャツのボタンをひとつひとつ、丁寧に外してやると、慌てたようにルフィの手が、ゾロの手に添えられた。
「……こうしてるだけでも、すっげえキモチいいな」
  ポツリと、ルフィが呟いた。
  月明かりに照らされているのは、あどけない表情だ。
「ああ……」
  どう答えたものかとゾロが思っていると、ルフィの手が、ぎゅっとゾロの指に絡みついた。
「俺たち、もっともっと、強くなろうな」
  真剣な声色でルフィが言うのに、ゾロはただ黙って頷き返した。
  歩みゆく先はいつか分かたれてしまうかもしれないが、それでも、同じ思いを胸に抱いて行くことはできるはずだ。
  自分たちが同じ気持ちでそれぞれの道を歩んで行くならば、きっと、いつかどこかでまた、道は交わるはずだ。
「そうだな」
  ゾロが、静かに返した。
  雲の中に月が隠れてしまうまで、二人は指を絡め合い、じっと見つめ合っていた。



  暗闇の中で二人は抱き合った。
  いつか、別々の道を歩むことになったとしても、後悔をしないように。
  お互いに、仲間として過ごした日々を忘れてしまわないように。
  指の腹で、ゾロの唇に触れた。唇がぱくりとルフィの指をくわえ、ざらりとした舌先でピチャピチャと舐めてきた。
「熱ちぃ……」
  うわごとのように、ルフィが呟く。
「もっと、熱くしてやる」
  そう言うとゾロは、ルフィの裸の体をぎゅっと抱きしめた。
  まだ幼さの残るラインの肩口に唇を押し当て、ゆっくりと舌で肌を味わう。脇の近くを舌が通り過ぎると、ルフィの体は大きく震えた。
「ん……ん、ん……」
  控えめな声が、ゾロの聴覚を刺激する。
  もっと乱れた声を聞きたいと、指で胸の淡い突起をきゅっと捻りあげた。
「ぅ、あ……」
  掠れた、甘い声がルフィの口からあがった。幼さの残る少年の口から、こんなにも甘い声があがるとは内心、ゾロは思ってもいなかった。
  驚いたようにルフィの顔を覗き込むと、無邪気な黒い眼差しがじっとゾロを見つめている。
「早く……もっと、熱くしてくれよ」
  キラキラと目を輝かして、少年はねだる。
  その無邪気さに、ゾロは、この男には敵わないと思ってしまう。
「すぐに、熱くしてやるよ」
  耳元で囁きかけると、少年のボトムを下着ごと引きずりおろした。猫のようにしなやかな少年の手足が、もどかしそうにゾロを手伝って衣服を脱ぎ捨てる。
  筋肉質な体の下で、歯を剥き出して、ニシシと悪戯っぽくルフィは笑った。



  どうして、こんなにも惹かれるのだろう。
  同じ男だというのに、どうして、気にかかるのだろう。
  無邪気であどけない表情の下には、野生の獣が潜んでいる。
  まだ若い猫のようなしなやかな肢体を持つ、獣だ。
  唇で肌にそっと触れると、微かに震えながらも確かな力でしっかりとしがみついてくる。
  唇に、唇で触れた。
  舌を差し込み、ざらついた舌を吸い上げると、微かに、昼間の太陽のにおいがした。
  喉の奥で、ゾロは小さく笑った。
「お前だって……」
  言いかけて、ルフィの目を覗き込む。無邪気であどけない眼差しは、まっすぐにゾロを見上げている。
「お前だって、太陽のにおいがしてるぞ」
  そう言って、優しくゾロはくちづけた。



END
(2008.10.17)



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