『ぬくもり』



  夢を見ていた。
  普段は夢も見ないほどぐっすりと眠り込むか、或いは張り詰めた意識の中で物音に耳を傾けながら惰眠を貪るかのどちらかなのに、夢を見た。
  あたたかな手が、唇が、自分に触れてくる夢だった。
  まどろみの中でぼんやりと、ゾロは昨夜の続きだと思いこんでいた。
  それほどまでに夢の中のコックは扇情的で、艶めかしかった。
  実際、コックがゾロを誘うことはよくあることだったし、眠っていて無防備な状態のゾロの腹の上に乗りあげていることもごくまれにだが、あった。そんな関係の二人だったから、サンジの様子がいつもと多少違っていても、ゾロは気に留めることもなかったのかもしれない。
  しかし。目が覚めてみるとコックの姿はそこにはなかった。
  起きあがり、ゾロはぼんやりとあたりを見回してみる。
  ほんのりと残っている煙草のにおいに、ゾロは顔をしかめた。
  あかりとりの窓からは陽の光が射し込んできているから、もういい時間なのだろう。
  ああ、やっぱり今朝もいなかったな……と、ぼんやり思いながら、大口を開けてあくびをする。
  格納庫の中には自分一人きりの気配しかない。
  昨夜、自分は確かにコックを抱いた。毛布を手繰り寄せるとほんのりとあたたかいことから、少し前までサンジが隣で眠っていたことがわかる。
  格納庫には自分以外に誰もいないのだと改めて認識をすると、もう一度惰眠を貪ろうとして……ふと、ゾロは腹が減っていることに気が付いた。
  もしかしたら少しばかり朝食の時間を過ぎているかもしれないが、サンジのことだ。何かしら食べるものを残してくれているだろう。よしんば残っていなかったとしても、すぐに簡単なものを用意してくれるだろう。
「しかたない、起きるか」
  呟いて、ゾロは手早く服を着込んだ。



  格納庫を後にして、甲板へと上がった。
  甲板に出た途端に正面から照りつけてくる太陽の光が眩しくて、一瞬ゾロは目をすがめた。
「あら、ゾロ。残念ね」
  キッチンから出てきたナミが、にこやかに声をかけてくる。
「朝ご飯、もう終わっちゃったわよ」
  ひらひらと手を振りながらナミは、蜜柑の木の影に置かれたデッキチェアにのんびり腰をおろした。
「ああ、おいしかった。今朝の焼き魚といったら……」
  にやにやと笑いながら告げるナミの声を背に受けて、ゾロはキッチンに半ば飛び込むようにして足を踏み入れる。ドタドタと足音を立てて大股に歩み寄ると、ゾロは尋ねた。
「おい、メシ! メシは残ってねえのか」
  唸るようなゾロの声に、サンジは少し驚いたように片方の眉をピクリと上げ……それから、ふっと微笑んだ。
「おう。焼き魚でいいか?」
  ぶっきらぼうにゾロは頷いた。不機嫌そうなゾロの表情が照れ隠しのポーズだということを、サンジはちゃんと心得ている。
「少し待ってろ」
  そう告げると、サンジはそそくさと食事の用意を始める。あまりうまくはない鼻歌を歌いながら冷蔵庫を開け閉めする後ろ姿が揺れている。全身が、楽しくて仕方がないと告げている。
  ゾロは机に肘をつき、そんなご機嫌な料理人の後ろ姿をただぼんやりと眺めていた。
「ほれ、できたぞ」
  いつの間にか、ゾロの目の前には皿が並んでいた。
  焼き魚、おにぎり、豆スープ、プレーンオムレツ。手早く用意してくれた朝食を目にした途端、ゾロの口の中に唾が溢れてくる。どれから箸をつけようかと迷っていると、サンジがニヤリと笑った。
「ゆっくり食え。足りなかったら、また作ってやるから」
  目の前の席につくとサンジは、頬杖をついた。
「さあ、食え。見ててやる」
  言われて、ゾロはむすっとした表情で手を揃える。
「いただきます」



  食事が終わるまで、サンジはじっとゾロを見つめていた。
  時折、サンジは楽しそうに言葉をかけてくる。ゾロは黙ってサンジの言葉に耳を傾けた。
  そんな普通の時間を二人で過ごした。
  何と穏やかなのだろう。
  何と、静かなのだろう。
  甲板からはルフィたちの賑やかな声が聞こえてくる。
  開け放したドアから潮風が入り込んでくると、肌の上を生暖かい風が撫でていく。
  穏やかだった。
「……ウマいだろ」
  コックの自信に満ちた笑みにも、ゾロはただ黙って、口元だけで笑って返した。
  机の下でサンジの足がゾロに悪戯をしかけてきた時にも、黙っていた。ちらりとサンジの目だけを見ると、ゾロはそのまま黙々と箸を動かし続けた。
「後で……格納庫に……」
  発せられた掠れた声が、ゾロを誘っている。
  考えるまでもなかった。サンジのつま先は器用に蠢き、先ほどからゾロの股間を行きつ戻りつしていた。
「……後で、な」
  目を伏せて、ゾロが告げる。夢の続きを期待して。
  サンジの悪戯がエスカレートしていくのを心地よく感じながらも、眉ひとつ動かさずに目の前の手料理を腹の中に詰め込んだ。



  カビ臭い格納庫で、二人は抱き合う。
  明かりとりの窓から入り込んでくる月の光がサンジの肌を青白く闇の中に浮かび上がらせると、ゾロはそれだけで体が高ぶるのを知っている。
  艶めかしいうなじに舌を這わせると、ゆっくりと指の腹でサンジの脇腹をなで上げてやった。
  そんな時、サンジは決まってすすり泣くような甲高い声を上げ、自分から強請るように腰を振った。
  こめかみを伝う汗の粒や熱い吐息が愛しく思えて、ゾロはつい、柄にもなくがっついてしまうことがあった。
  それらすべて、いいところも悪いところもみなひっくるめて、ついつい互いの肌のぬくもりを求めてしまう。
  きっと、そこには言葉では言い表すことのできない感情が存在しているのだと、サンジはよく口にした。
  その感情とは、きっと──






END
(2007.6.5)



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