『Sweet & Kiss』



「誕生日に何が欲しい」
  と、ストレートにゾロに訊ねられた。
  ちょうど明日がサンジの誕生日だという日のこと。
  仕込みの合間に甲板で一服していたサンジは、言葉を返そうとして大きくむせこんでしまった。
「は? いきなりナニ言い出すんだ?」
  気管支に入った煙が、苦い。サンジは目にうっすらと涙を溜めて、ゾロを睨み付けた。
「や、何か欲しいモンでもあるのかと思ってな」
  さらりと返すゾロの目が、宙を彷徨っている。
  どうやら自分で考えて言っているのではないようだということに、サンジは気付いてしまった。おおかた、誰かにせっつかれて仕方なく口にした言葉なのだろう。
「そうだな……」
  持っていた煙草をポイ、と海面に放り投げると、サンジは真正面からゾロを見つめた。
「──キスが、欲しい」
  そう言って一歩、サンジはゾロのほうへと歩み寄る。
「とびきり甘くて、とびきり熱烈なヤツを……俺の、ここに」
  と、言いながら自分の唇を指さして、サンジはにっこりと笑った。



  憮然とした表情でゾロは、サンジを見つめている。
  怒っているのではない。これは、彼特有の照れ隠しなのだということにサンジが気付いたのは、つい最近のことだ。
  じっと見ていると、どことなく困ったような表情でゾロが手を差し伸べてきた。
  無骨でぎこちない指先が、サンジの顎に触れる。
「どうした? びびってんのか?」
  挑発するかのように、サンジ。
  ゾロはむっとした表情のまま、乱暴にサンジの顎を捕らえた。
「さあ、やってくれ」
  サンジが口の端をにやりと歪める。
  別に、ゾロの意思でそう言ったのではなくても、気にはならなかった。キスするための口実ならば、嘘を吐いても構わないとすら、サンジは思っている。それほどまでにサンジはゾロを切望していたし、ゾロはどこまでも禁欲的だった。身体の関係を持つ前も、そして持ってからも、ゾロのほうから性的な行為をしかけてくることは少なかった。キスひとつにしても、そうだ。ゾロのほうからキスをしてくることは、ほとんどといっていいほどなかったのだ。
「ブチュッとな。ブチュッと、ココに」
  サンジは嬉しそうに笑っている。意地悪く細められたサンジの眼差しが、ゾロをいっそう苛々とさせた。



  掠めるような口付けが、サンジの唇に触れて、素早く去っていった。
  あまりにも呆気ないキスにサンジは鳩が豆鉄砲を喰らった時のような間の抜けた顔をしている。
  仕返しとばかりににやりと笑うと、ゾロは背を向けた。
「これで満足したろう? お前の望むようにしてやったぞ。文句は言わせねぇからな」
  ゾロの言葉に、サンジは舌打ちをした。
  これで満足などできるはずがない。
  こんな、キスだけで……。
  拳をぎゅっと握り締めた。ついで握り締めた拳をぱっと開くと、サンジはゾロの後を追った。
「おら、待て、クソマリモ!」
  立ち去ろうとしていた背中へサンジが飛びついていくと、身体の下で背筋が蠢くのが感じられた。
「うおっ……てめっ、何しやがる!」
  背後からするりとゾロの首に片腕を回すと、サンジは力任せにぎゅっ、と締め付ける。サンジの身体の下で、ゾロは必死になって腕を外そうとしている。苦しいのだろう。わかっていて首を絞めているのだから当然だ、と、サンジは胸の奥底で思った。
「クソ野郎。愛が足りねぇんだよ、愛がっ!」



  ゴン、と鈍い音がした。
  サンジが、ゾロの後頭部に頭突きをかましたのだ。
  足をゾロの胴に絡ませたサンジは、振り落とされないように両膝の力でしっかりとゾロに掴まっている。
「次は俺に、キスさせろ」
  サンジが言った。
「あ?」
  首を巡らせて、ゾロは背中にのしかかるサンジを見ようとした。
「お前からのキスはもういいから、今度は俺にキスさせろ、っつってんだよ、このアンポンタン」
  そう言ってサンジは、ゾロの髪に唇を押し付けた。
  先程、サンジが愛が足りないと叫んだことはそういうことだったのかとゾロは密かに思った。サンジは、ゾロの背におぶさったままで口付けを繰り返した。耳たぶの後ろから、うなじのあたり、髪。片腕でゾロの首を絞めたまま、もう片方の手は緑色のマリモ頭にしがみつくような格好で、何度も何度もキスをした。
「おい……おい、もういいだろっ?」
  サンジの下で、ゾロが音を上げた。大の男をおぶったままじっとしていることに飽きてきたのか、肩のあたりを焦れったそうにもぞもぞとさせている。
「ん……」
  ようやく満足したのかサンジはゾロの背からするりと降りた。
「ったく。ガキみたいなことしてるんじゃねぇよ」
  ゾロが言う。
  へへっ、と小さく笑ったサンジは、ゾロの正面に回る。
「いいんだよ、ガキで。俺の愛情補給タイムを邪魔すんじゃねぇ」
  と、サンジはゾロのエラの張った頬に手を添え、両手で包み込むようにした。
「一年に一度の誕生日なんだ、硬いこと言いなさんなよ。俺の気が済むまでキスしたって、バチは当たらないと思わないか?」



  サンジからのキスは、柔らかな日だまりを思わせるものだった。
  ついばむように何度も唇を合わせる。少しずつ角度を変えながら、そっと、軽くキスをする。
  キスの合間にゾロは、サンジの腰を引き寄せた。密着した二人の下半身は高ぶりかけていた。布越しにもはっきりと感じられるその感触に、サンジの口から深くか細い溜息が洩れる。
「今夜……格納庫に来い」
  ゾロの肩に頭を乗せ、サンジは首筋に鼻を押し当てた。太陽のようなにおいに混じって、ゾロの汗のにおいがサンジの鼻腔をくすぐる。頸動脈のあたりに舌を這わせ、ペロリ、と舌先でくすぐるようにした。ほんのりとしょっぱい。
「酒、持って来いよ」
  と、ゾロ。
  喉の奥を鳴らして、サンジは頷いた。
「とっておきのやつを持って行ってやるから、ちゃんと待ってろよ」
  サンジが喋ると、ゾロの首筋に息がかかってくすぐったい。意趣返しとばかりにゾロはサンジの手を取ると、指先に軽く口付ける。
  返事はサンジの耳には届かなかったが、夜になったらゾロが格納庫に行くことはわかっていた。きっとゾロも、今の自分と同じ気持ちでいるはずだったから。
  指先に走る甘い痛みに酔いしれながら、サンジは、目を閉じた。






END
(H16.2.11)



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