『ささやかに願う』



  年の瀬は、仲間たちと騒ぎ合った。
  いつものように、うまい料理とうまい酒でドンチャン騒ぎをした。
  ひとしきり騒いだ後、皆が寝静まるのを待っていたようにサンジは甲板に出ていく。
  明け方前の空は深い闇色をしており、太陽ののぼる方角には濃い灰色がかった紺碧の空が広がっている。
「お疲れ」
  甲板に出たサンジに、声がかかる。
  酒瓶を片手にさげたゾロが、甲板に出てすぐのところに立っていた。
「おう」
  軽く手をあげてサンジはニッと笑う。待っててくれたのだと思うと、嬉しかった。
  メリー号からサニー号になり、仲間も増えた。以前のように二人だけでのんびりとできる時間も目に見えて減っているが、それでも、同じ船で航海をし、同じ釜の飯を食っているのだと思うと、気持ちが和らいだ。
「ほら、お前も飲め。いい酒が手に入ったんだ」
  珍しくゾロが、手にした酒瓶をサンジのほうへと差し出した。今夜の酒は、ゾロがどこからか手に入れてきたものだ。いつもならサンジが買い出しのついでに適当なものを見繕って買ってくる。それをわざわざゾロは、自分で買いに行ったらしい。
「いや、やめとくよ。今夜は飲み過ぎた」
  サンジが首を横に振ると、ゾロは小さく苦笑して差し出した酒瓶の酒をぐい、と煽り飲んだ。
  実際、一日がかりで新年の準備をしたサンジは、新年になる瞬間を待ってあけられた酒に口をつけるが早いか真っ赤な顔をしていた。あの後、少しばかりの休憩をとったものの、まだアルコールが抜けていないらしい。
「つまらん……」
  ぼそりと呟いて、ゾロはまた酒に口をつける。
  そんなゾロをちらりと横目で見て、サンジは小さく笑った。



  二人で日の出を見ようと言い出したのは、サンジだ。
  甲板から見る朝日はきっと、美しくて清々しいはずだ。日頃の騒々しさを忘れて、二人だけで日の出を見たいと思ったのだ。
  何も特別なことはないかもしれない。
  もしかしたら、特別なことが起こるかもしれない。
  どちらでも構わなかった。
  二人きりで朝日を見ることが出来るなら、それで充分だった。
  猫のような忍び足でゾロの隣りに寄り添うと、サンジはじっと水平線の向こうを見つめる。
  まだ、夜明けには少し時間が早い。
  身を切り裂くような冷たい空気だが、二人でいると心地よい。
「……飲んどけ。体が温まるぞ」
  そう言ってゾロは、酒を口に含んだ。もう残り少ない酒が、ちゃぷんと瓶の中で音を立てる。
  断ろうとサンジが口を開くと、すかさずゾロの唇に塞がれた。
「んっ……」
  肩に置かれたゾロの手の体温が布地越しに伝わってくるような感じがして、サンジはゾロの腕をしっかりと掴んだ。
「ん、ん……」
  唇の隙間から、ゾロが口に含んだ酒が少しずつ流し込まれ、喉の奥へと押しやられる。ゾロの舌が、ヌルンとサンジの歯列を舐め取った。
  ゴクリと、サンジの喉が鳴った。



  唇が離れていくと、それまでゾロの体が防いでいた風がサンジの体に直接あたるようになり、急に寒くなった。
  ブルッとサンジが震えるのを見て、ゾロがニヤリと笑った。
「だから、飲んどけ、って言っただろ?」
  涼しい顔でそんなことを言う男をサンジは、むせこみながらギロリと睨み付けた。
  口の中の酒はすっかりサンジの喉の奥に流し込まれ、今は焼け付くような熱さを感じるばかりだ。
「クソ野郎。飲ますにしても、もうちょっとスマートなやり方があるだろ」
  ブツブツと文句を言いながらも、サンジはそれ以上は怒るつもりはないようだった。
  咳がおさまるとサンジはポケットから煙草を取り出し、火を点ける。
  深く息を吸い込んで、灰をニコチンでいっぱいに満たす。
「──…おい、夜が明けるぞ」
  不意に、ゾロが低い声で呟いた。
  顔を上げ、サンジはゾロの腕をそっと引く。引き寄せられるようにしてゾロが顔を近づけてくるのに、サンジは優しく唇を押し付けた。



  新年初めてのキスは、煙草の味がした。
  満足そうにサンジは舌なめずりをし、ゾロに笑みを向けている。
「お前は……」
  何か言いたそうなゾロだったが、それよりも早く口の中に広がった煙の味に咳き込んだ。キスをした瞬間、サンジの吸っていた煙草の煙がゾロの口の中いっぱいに吹き込まれたのだ。日頃から煙草を吸い付けていないゾロだから、サンジのキスを振り解くだけで精一杯だった。喉の奥へと降りた煙のせいで、喉はヒリヒリと痛み、煙たかった。鼻がツーンとして、煙草の煙たさだけが残った。
「……アホか。油断するからだ」
  そう言うとサンジは、ゾロの手から酒瓶をするりと抜き取った。
「これは没収だ」
  無理矢理酒を飲ました罰だと言い捨てると、サンジは部屋へと戻っていく。これからもう一眠りするつもりだった。



  そんなふうにして、新しい年が始まる。
  咳き込み続けるゾロを背後に、サンジはうっすらと笑みを浮かべていた。
  今年も良い年になりますように──そんな言葉を、ほんのりと紫煙の香る口の中でこっそりと呟いたのだった。



END
(H19.12.31)



ZS ROOM