妹想い

  遠征から帰ってきた次郎太刀から、紅をもらった。
  いつも春霞のことを妹のように想って世話を焼いてくれる次郎太刀は、このところ遠征に出るたびにちょっとしたお土産を持って帰ってくるようになった。
  この間は簪だった。その前は、櫛。今日は紅とくれば、次郎太刀が何か企んでいるだろうことは容易に想像できた。
「何考えてるの、次郎太刀」
  怪訝そうに春霞が尋ねても、次郎太刀はニヤニヤと笑うばかりでなかなか言葉を返してくれない。
  意地の悪いところは初対面の時からちっとも変わっていない。
「アタシ好みの女に育てばいいなぁ、と思ってね」
  そうは言うものの、次郎太刀が春霞の向こうに別の誰かの影を重ねていることは様子を見ていればすぐにわかることだ。
「ふぅん」
  得心のいかない表情で頷く春霞の口元は、つんと尖っている。
「いやだ、この娘ったら。アタシの言葉、信じてないだろ」
  そう言って次郎太刀は、春霞の髪をくしゃくしゃと撫でてやる。
「だって次郎太刀は意地悪なんだもの」
  わしゃわしゃと髪を撫でる手を掴むと、春霞は言った。
  いつもいつも、そうだ。
  どれだけ春霞が心配をしても、次郎太刀はすぐに無茶をやらかす。
  付喪神だから大丈夫、手入れ部屋に入ればどんな怪我も治るからと言っては、春霞を不安にさせるのだ。これが意地悪でなければ何だと言うのだろう。
「そりゃ、アタシは刀剣男士だからね。アンタやアンタの元いた時代を守るためにここにいるんだからさ。だから……あんまり構いすぎたら、情が移って困るだろう?」
  やけに真面目な声でそう言われて、春霞ははっと顔を上げた。
  自分よりもずっと高いところにある次郎太刀の顔は、どこかしら寂しそうだ。
「……そうね」
  春霞はぽそりと返した。
  次郎太刀の寂しさは、理解できる。だが寂しいのは、次郎太刀だけではない。
  いつか全ての歴史修正主義者たちを倒して晴れて元の時代へ戻ることになった時には、この本丸の刀剣男士たちとは別れなければならないのだ。その時のことを考えると、あまり情が移るようなことはしないほうがいい、おそらくそういうことを次郎太刀は言いたいのだろう。
  だけど、矛盾しているとも春霞は思う。
  情が移ったら困るのであれば、こんなふうに毎回お土産を渡すようなことをしなければいいのに。こんなことをすれば余計に情が移るのではないかと、春霞は思う。
  万が一このまま情が移ってしまったなら、それこそ別れの時のことを考えると怖くなってしまう。
「ま、アタシがアンタに何かあげたいだけだから、あんまり気にしなさんな、って」
  そう言うと次郎太刀は、大口を開けてあっはっはっ、と陽気に笑った。
  つられて春霞もふふっ、と笑った。
  多分、あまり気にしないほうがいいのだろう。
  たとえば、歳の離れた兄妹のような感じで、次郎太刀のことは思っておけばいいのかもしれない。
  いつかその気持ちが恋にかわることもあるかもしれないが、今はまだ、歳の離れた兄に懐く妹のような気持ちで次郎太刀を見ていればいいだろう。
  春霞はそっと次郎太刀の隣に体を寄せると、大きな手に自分の指を絡め、手を繋いだ。
「遠征、お疲れさま。明日からまた頑張ってね」
  そう言って、胸の中で小さく「お兄ちゃん」と言い足す。
  背の高い美丈夫は、満面に笑みを浮かべて大きく頷いた。
「アタシに任しときな!」
  次郎太刀の頼もしい兄っぷりに、春霞は幸せそうに微笑み返した。



(2015.8.26)


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