雪解け間近

  浴槽の縁にしがみついた同田貫は、獣のように床に膝をついた。這いつくばってみっともないと思うよりも早く、御手杵が背後からぴたりと寄り添ってくる。
「正国……」
  耳たぶにやんわりと噛みつかれたかと思うと、髪やうなじに唇を押し付けられた。熱い舌で肩口をベロリと舐め上げられたところで、同田貫の腰がもどかしそうに揺れる。
「は……やく……」
  後ろ手に御手杵の腰を引き寄せ、自身の尻を押し付けていく。
  数ヵ月か、半年か……とにかく長い間、この男と触れ合うことができなかったのだ。
  血に濡れた御手杵の眠る手入れ部屋で、自分を慰めたこともあった。別の誰かを頼ったこともあったが、いつも最後には御手杵の名を呼びながら果てる行為が空しくて、寂しさが募るばかりだった。
「せっかちだな」
  低く笑うと御手杵は、同田貫の尻の狭間に熱く昂ったものを押し付けてくる。竿で太腿や尻をなぞると、それだけで同田貫の後孔はヒクヒクと蠢き。もの欲しそうに何かをねだるようなしぐさを繰り返す。
「……るせっ」
  御手杵の腰を引き寄せる手に力を入れると、同田貫は肌に軽く爪を立てた。
「やけに欲しがるんだな」
  するりと同田貫の腰を撫で上げながら、御手杵が呟いた。
  散々心配をかけさせておいて、その言いぐさはないだろうと同田貫は一瞬ムッとなる。
「今日は、中に出してもいいだろう?」
  言いながら御手杵は、同田貫の後孔を指でやわやわと揉みしだいた。襞を指の腹で押し広げたり、縁を爪の先で軽く引っ掻いたりしながら、少しずつ窄まった中心へと指を進めていく。
「んっ……ん……」
  かくん、と体が床へ沈みそうになり、同田貫は浴槽の縁に掴まり直す。指先が湯船を叩き、小さな飛沫が跳ねる。
「なあ……溜まってる?」
  指をくい、と同田貫の窄まりに突き立て、御手杵は尋ねた。
  前のほうへ御手杵の手が回り、同田貫の性器に触れてくる。てのひらに包み込まれた竿が強い力で扱きあげられると、それだけで同田貫の腰は揺れ、とめどなく声が上がる。
「ん、あ……」
  御手杵の手から逃れようと体を揺すったものの、前に回された手に無意識のうちに腰を押し付けていた。御手杵のまめのできた手に竿を押し付けると、敏感な部分がてのひらに擦れて気持ちいい。
「っ……ん」
  背後から擦り付けられる御手杵の竿も、硬く張り詰めて先走りを滴らせている。同田貫の太腿や尻を、ぬめったものが這い回っている。
「ああ……気持ちいいなぁ……」
  溜息をつきながら御手杵が呟いた。
  指の腹でくにゅ、と襞を伸ばした指は、焦らすように中心の窄まりに潜り込むと内側をゆるゆると擦り上げてくる。
  もっと、と同田貫は呂律の回らない口で呟いた。
  尻を御手杵のほうへと突き出すと、浴槽の縁にしがみついたまま腰を揺らしてみせる。
「も、いいから……中に……」
  同田貫の傷だらけの肌にてのひらを滑らせると御手杵は、一旦体を離した。それから同田貫の腰を掴み直し、尻の狭間へと竿を押し付けてくる。
「絶対、中で出すからな」
  そう宣言すると、ゆっくりと切っ先で同田貫の窄まりを割り開いていく。
  くちゅ、と湿った音が浴室に響き、同田貫は思わず喘ぎ声を上げていた。
  風呂の湯と同じか、それよりも熱い楔が体の中に突き立てられていくのが、もどかしく感じられる。
「馬鹿……焦らすな」
  潜り込んだ竿の先端が、内壁の浅いところをやわやわと擦り上げたかと思うと、するりと引き抜かれそうになる。なかなか奥のほうへと挿入されないことに焦れた同田貫は、足を開き直して御手杵の腰をさらに引き寄せようとする。
「いやらしい眺めだぞ、正国」
  はあ、と御手杵は溜息を零した。
  片手を同田貫の太腿に這わすと、膝を掬いあげ、犬のように片足をあげさせる。
「あ……ぁ……やめっ……」
  逃げを打とうとする同田貫の体を背後から串刺しにするかのように深く貫くと、腰骨がぶつかってぱん、と音が響いた。
  背後で御手杵が息をつくのが感じられる。
  同田貫は片足立ちで風呂の縁に掴まりながら、腰を揺する。前に回された御手杵の手が、じっと竿を掴んだままでちっとも動かしてもらえないのももどかしい。
  焦れて焦れて、体がどうしようもないぐらいに疼いてくる。
  ふと顔を上げると、明り取りの窓の隙間から夜風が入り込んできて頬を撫でていった。
  冷たい風が、火照った肌に心地いい。
  浴槽の縁を掴む手に力を入れると同田貫は、自分から腰を大きく動かし始めた。



  最後には浴室の床の上に座り込んだ御手杵の上にのしかかって、同田貫は何度目かの熱を放った。
  自分の中をたっぷりと濡らした御手杵の白濁を絞り取るように後孔を締め付けると、低い呻き声が耳元に聞こえてくる。
  目の前の男が生きているのだと思うと、訳もなく嬉しくなった。
  男の体にしがみついて、首筋にかぷりと歯を立てる。血が滲むまでぎりぎりと噛み締めてから、皮膚をベロリと舐る。唇を離すと御手杵が少し困ったような顔をしてこちらを見ていた。
「跡がついたぞ」
  手入れ部屋できれいに消せるかなぁ、などと呑気なことを呟く御手杵が愛しくて、同田貫はその唇を自身の唇で深く塞ぐ。舌を差し出すと、御手杵はうっすらと唇を開けた。
  くちゅくちゅと音を立てて互いの唾液を啜り合い、舌を絡め合う。
  今、白濁を放ったばかりの体がまたもや熱くなりかけてきたところで同田貫は名残惜しそうに唇を離した。
「……跡ぐらいで、ごちゃごちゃ言うなよ。こっちは、あんたが折れてしまうんじゃないかとヒヤヒヤしてたんだぞ」
  目の前の薄い唇を指でなぞりながら同田貫は言った。
  審神者さえいてくれれば、こんなことにはならなかったはずだ。だが、御手杵は重傷を負い、長らく手入れをされないまま放置されることとなった。
  もともと同田貫たちの主は気の強い活発な女性だった。それが、ある日を境に不意に行方をくらましてしまい、彼らの元に戻ってこなくなってしまった。そんな期間が長く続くと刀剣男士たちの間でも不満が出てくる。
  何人かの仲間と共に同田貫と御手杵は名津の本丸を離れ、この波留の本丸へ身を寄せることとなった。
  その後、あれよあれよという間に戦と遠征を繰り返すことを余儀なくされ、御手杵は重傷を負ってしまった。
  何とか本丸まで戻ってきたものの、手入れ部屋まで辿りついた時には御手杵は既に意識を失っていた。そんな時に限って頼みの綱の審神者は不在で、手入れをしようにも資材が足らず、同田貫はあちこちから資材を掻き集めてきた。それなのに、刀剣男士のなかで手入れを行うことのできる者は誰一人いなかったのだ。
  審神者も不在、手入れをできる者もいないとくれば、御手杵の命は風前の灯にも近かった。
  もう駄目だ、御手杵と二人で再び戦場を駆け抜けることはできないかもしれないと思い始めた矢先に、春霞がやってきた。
  あの図々しい小娘は、手入れを行うと言って手入れ部屋にずかずかと入り込み、見事な腕前で御手杵の手入れをやり遂げたのだ。
  最初は、あんな小娘に何ができるのだと馬鹿にしていた。初対面の時に鍛刀はしたくないと刀剣男士たちの面前で豪語するような甘ったれた我儘娘だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「明日からは、また一緒に戦に出られるな」
  御手杵が嬉しそうに笑った。笑いながら同田貫の手を取ると、自身の唇へと持って行き、指先を口に含む。
  クチュ、と音を立てて指を吸われると、それだけで同田貫の体はゾクリと震える。
「当分、しねぇからな」
  腹の中は御手杵の白濁で満たされている。おそらく今動いたなら、きっと中から残滓が溢れそうなぐらいにたっぷりと注がれたから、今日はもう充分だ。
「えぇーっ、なんで?」
  そんな風に尋ねながら御手杵は甘えてくる。
  同田貫は男の頭をくい、と引き寄せ抱きしめた。
「明日から、その鈍った体を鍛え直してやるから覚悟しとけよ」
  耳元に囁きかけると、ふざけるようにペロリと耳朶を舐め上げる。
  御手杵の手が背中を優しく撫でてくるのを感じて、同田貫は目を閉じた。
  一度目は主と決めた審神者に裏切られた。その次の審神者は厳しくてなかなか慣れることはできなかったが、それでも彼女自身の責務を真面目に果たしてくれた。だが、その次はどうだっただろう。刀剣男士たちを次から次へと戦場へ、遠征へと送りすばかりで、手入れどころか労いの言葉ひとつすらかけてもらうことはなかった。
  審神者という存在に疑問を持った同田貫が、憎しみや嫌悪の念を向けるようになるまではそう時間はかからなかった。
  しかし波留の本丸から憎むべき対象の審神者がいなくなった後にやってきた春霞は、一人目の審神者に雰囲気が似ていた。幼い顔立ちにか弱そうな雰囲気の少女だが、どこか芯の通った心を持っているように思う。
  彼女ならもしかしたら、と同田貫は考える。
  行方をくらました最初の審神者や、この名津の本丸の審神者を捜し出し、現状を打破してくれるのではないだろうか。
「御手杵……」
  まだ今は誰にも告げることはできないが、と同田貫は思う。
  窓の隙間から入り込む冷気に微かに震えながら同田貫は、御手杵の心臓の音にそっと耳を傾けた。



(2015.8.1)