雨の夜(長谷部×女審神者)

  夕方から降り始めた雨は次第に雨足を強めていった。
  暗くなる前に誰かが閉めていった雨戸に風がぶつかり、ガタガタと音を立てている。刀剣男士たちが一人、二人と自室に引き上げていくと、静まり返った広間は急に肌寒く感じられてきた。
  それでも女審神者は遠征に出た第二部隊の帰りをじっと待った。
  途中、燭台切がお茶を用意してくれた。ありがとうと受け取った湯呑みは温かく、一緒に差し入れてくれた小さな饅頭もありがたかった。
  随分と遅い時間になると、今度は長谷部が広間へやってきた。自身の仕事が片付いたから、一緒に遠征隊の戻りを待ってくれると彼は言う。
  いつもならこんな遅い時間に戻ることはないのだが、ちょっとした行き違いから第二部隊の帰還が遅れていた。不安なのは、夕方からの悪天候のせいだ。
  静まり返った広間で女審神者は、こっそりと溜め息をつく。
  主の溜め息に気付いているだろうに、長谷部は何も言わない。ただ女審神者の側に控えたまま、身動ぎもせずに畳の上で正座をしている。
「……湯を張っておかなければ」
  おそらくこの雨で第二部隊の面々はずぶ濡れの状態での帰還になるだろう。寒くないように用意をしておかなければと女審神者は立ち上がろうとした。
「用意は既にできています、主」
  静かに長谷部が声をかけてくる。
「そう。では、何か食べるものでも……」
  言いかけた女審神者の言葉を遮るように、長谷部は口元にうっすらと笑みを浮かべた。
「第二部隊の食事も既に整っています。戻ってきたら、主は何も考えずに彼らをただ労っていただければ、それで充分です」
  よく気のつく近侍は、何もかも整えた上で自分の側に控えてくれていたのだと女審神者はようやく思い至った。
「そう……」
  ならば、自分は長谷部に言われた通りに第二部隊の者たちを全力で労おうと女審神者は思った。自分のちょっとした誤判断のせいで悪天候の中を帰還しなければならなくなった仲間たちをあたたかく出迎え、できうる限り労おう。
  そう思いながらも、ほんのわずかな後悔が女審神者の胸の内に棘となって残っている。
「主のせいだとは、誰も思ってはいません。ただ、間が悪かっただけです」
  何でもないことのように長谷部が告げてくるものだから、女審神者は思わずムッと頬を膨らませた。「私が遠征の許可を出さなければ、こんなことはなりませんでした」
  本音を言うと、少しだけあの時、彼女は迷いを感じた。遠征に出すかどうかを迷った挙げ句、皆の大丈夫だという熱心な声に押されるようにして、遠征を許可してしまった。
  しかし自分の心に迷いがあるのに許可を出すべきではなかったと今は思っている。
  嵐の中の帰還がどれほど危険なものか、知らないわけではない。だからこうしてやきもきしながら、部隊の帰還を待っているのだ。
「違いますね」
  長谷部が言った。
「あの時、あなたは迷っていた。それに気付いた岩融が、あなたをそそのかした。大丈夫だと大見得を切ったのだから、何が何でも彼らには無事に戻ってもらわなければ」
  さらりと長谷部は言い放った。
  冷たいようだが、長谷部の言葉にも一理ある。
  だが、自分はそうは思わないと女審神者は静かに首を横に振った。
「許可を出してしまった時点で責任の所在は私にあります」
  主の言葉に、長谷部ははあ、と溜め息をついた。
「……では、連帯責任ということになりますね。あなたと、第二部隊の面々、それに黙ってあなた方のやり取りを見ていた俺と。そういうことでよろしいですね、主」
  有無を言わさぬ態度でそう言い切った長谷部は、この話はこれでおしまいだと言わんばかりの様子で口を閉じた。
  静まり返った広間に、雨と風の音が聞こえてくる。ガタガタと雨戸を叩くような強い風が時折、吹きつけてくる。
  随分と経ってから女審神者は掠れた声で呟いた。
「仕方がないわね」
  何が仕方がないのか、自分でもよくわからない。
  主としての責任を仲間がわずかなりとも肩代わりしてくれたことに対する安堵からだろうか。それとも、不安に思う気持ちを察した長谷部が一緒にいてくれることに対しての照れ隠しの言葉だったのかは、彼女自身にもわからない。
「仕方ないですね」
  長谷部はそう言うと、ふわりと柔らかな笑みを浮かべた。
  その笑みに救われたような気がして、女審神者はすこしだけほっとしたように、顔の強ばりをといたのだった。



(2015.10.7)


刀剣男士×女審神者