「もうっ!」
女審神者は声をあげると幼い子どものようにぷう、と頬を膨らませた。
今日のためにと用意しておいた着物の袖を大きく翻すと、目の前の刀剣男士の胸を小さな拳で強く叩く。
「約束したのに!」
言っても仕方のないことはわかっていたが、言わずにはいられない。
御手杵は大きな体を縮こめて、申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんよ、主。忘れてたわけじゃないんだけど……その……」
言い訳をしたって無駄なんだからと、女審神者は小さく呟く。唇を尖らせて、自分よりもはるかに長身の御手杵を見上げる。
「……約束したのに」
少し前に、御手杵と約束をしたのだ。二人きりで秋の山で紅葉狩りをしようと。それなのに御手杵は約束を忘れて、合戦に出てしまった。
女審神者の目の届かないところで他の刀剣男士と交代して、勝手に出陣してしまったのだ。
そういうわけで、女審神者は気分を害している。艶やかな着物やお気に入りの簪も、御手杵のせいで台無しだ。
泣きたいような、情けないような気分の女審神者はもう一度、御手杵の胸をドン、と叩いた。 「御手杵なんて、大嫌い!」
勢いに任せてそう叫ぶと、女審神者はバタバタと足音を立てて自室に飛び込んだ。
大きな音を立てて襖を閉めると、わっと泣き出す。
感情が昂って、心を鎮めることができなかった。
手当たり次第に部屋の中にあったものを投げつけ、当たり散らしていると、そのうちに御手杵が部屋に入ってくる気配が感じられた。
「……主」
躊躇いがちに御手杵は声をかけてくる。
「その……今日のことは……」
「もういいわよ。御手杵とは二度と出かける約束をしないから」
ムッとした表情で女審神者がそう言えば、御手杵はますます申し訳なさそうな顔になる。しょんぼりと肩を落として、御手杵は主の前で縮こまった。
「許してくれないのか?」
窺うような上目遣いで女審神者を見つめる御手杵の態度が、さらに主を苛立たせる。
「許さないわ」
腰に手をあて、怒りを露にした主は真っ直ぐに御手杵を睨み付けた。
「じゃあ……どうしたら許してもらえる?」
恐る恐る御手杵が尋ねると、女審神者はつん、と顎をつきだした。
「今後は、あたしの近侍として常にそばにいなさい。勝手に離れることは許しません」
そんなふうに言いながらも女審神者は、御手杵が合戦に出ることをついつい許してしまうのだが。
「近侍になればいいのか?」
御手杵が問うのに、女審神者は鷹揚に頷き返した。
「そうよ。そうして、ずっとあたしのそばにいてほしいの!」
幼い子どものような伝え方だったが、これが主の本心なのだろう。
御手杵は小さな溜息をこっそりとついた。
「わかった。ずっと、あんたのそばにいる」
主がこの本丸に居続ける限りはずっと──そう御手杵が真摯な声で告げると、女審神者はほんのりと頬を染めて小さく頷いた。
(2015.10.5)
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