おそらく自分は、この男のことが気にかかっている。
ちらりと視線を馳せる先で井戸水を頭からかぶっているあの男が、愛しくてたまらない。
声をかけようかどうしようかと迷っているうちに、別の誰かに呼ばれて男は行ってしまった。
ああ、と女審神者は小さく呻いた。
せっかく、畑で収穫した薩摩芋を蒸かしたのに。黄金色の甘い実はしっとりとして食べごたえがある。一緒に食べようと、たったそれっぽっちのことすら自分は口にすることができない。
情けないやら悔しいやらで、女審神者はがっくりと項垂れて自分の部屋へとすごすごと戻る。
長い廊下をいくつも曲がり、途中で顔を合わせた何人もの刀剣男士たちと軽く言葉を交わし、女審神者は自室へと向かう。
男が自由気ままに振る舞うことを寂しく思いながら足を進めていると、後ろのほうから誰かが近付いてきた。騒々しく足音を立てながら、足早に女審神者のほうへと近付いてくる。
「主……主!」
すぐ後ろで、男に呼び止められる。
立ち止まり、女審神者は振り返った。
蜻蛉切が茜色のひたむきな眼差しでこちらを見つめてくる。
「厨で堀川から芋をいただいたのですが、その……一緒に、いかがでしょうか?」
遠慮がちな蜻蛉切の言葉に、女審神者はにこりと微笑む。
さっき厨で芋を蒸かしたのは自分だが、そうとは知らずに芋をもらってきたのだろう、蜻蛉切は。
「いいわよ。私の部屋へいらっしゃい」
美味しいお茶を淹れるわねと、女審神者は楽しそうに言葉を続ける。
なんて現金なのだろうと、女審神者は思った。
ついさっきまで落ち込んでいたというのに、蜻蛉切の一言で今はこんなにもはしゃいでいる。うれしい気持ちが溢れ出さないように、そっと自分を律しながら女審神者は自室の障子を軽やかに引いた。
(2015.9.22)
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