作業台の上にずらりと並べたパーツを見つめてブルローズは、ほぅ、と溜息をつく。
これらのパーツを組み立てて、少しずつ人形と呼べるものへと変えていく。それから魔法を施して、自分だけの人形を生み出す。
作業台の上には二体分の人形パーツと、祖父から譲られた魔法書。それから魔法に使う一束のカスミソウ。
これは練習だからと自分に言い聞かせて、少しずつ形作ってきた。大切な大切な、自分だけの人形たち。
この二体はきっと、自分にはなくてはならない存在の人形になるだろう。
だから丁寧に、じっくりと時間をかけて組み立てていく。
魔法の力を彼らに吹き込むのは、完成間近になってからだ。
魔法書に綴られた秘密のレシピをカスミソウと一緒に、ヘッドの裏側に仕込む。それからとっておきのドールアイを入れて、完成させる。
「もうすぐだからね、ギプソ、シプソ」
そっと囁きかけると、ビロードをかぶせたクッションの上でドールアイがきらりと輝いたように見えて、ブルローズはぱちぱちと瞬きをした。
「一日も早く完成させるから、もう少し待っててね」
すぐに組み立ててしまうには、無理がある。
自分はまだ人形術師としては半人前だから、試行錯誤ばかりでなかなか思うような人形を完成させることができない。だから、時間がかかってしまうのは仕方のないことだ。だが、その反面、少しでも早く人形たちを完成させて、一人前の人形術師として周囲から認めて欲しいとも思っている。
「ギプソ、シプソ……」
小さく人形たちの名前を呟くとブルローズは、その日の作業を終わりにして作業場を後にした。
作業場にこもるのは楽しい。
少しずつ少しずつ、人形たちが完成へと近付いていくのを実感することができて、嬉しかった。人形たちのパーツに触れていると、楽しかった。人形作りを通じてブルローズは今、自分の手で仲間を生み出すことの楽しさを実感している。
ヘッドの輪郭はどうしようか、腕の丸みや足のラインはどうしようか。瞳はどんな色にしようか。不純物のいっさいない硝子玉にしようか、それとも宝石を使おうか。考えに考え抜いて、パーツを揃えた。組み立てながらもそれぞれのパーツとのバランスを考えて、少しでも気になるところは何度でも修正を重ねた。 練習用とは言え、自分にとっては大切な人形だ。手を抜くことなんて考えられない。
そうして何日もかかってようやく、パーツが完成したのだ。
こんなに楽しいことはない。こんなに幸せなことはない。
それでも時々、不安になることもあった。
自分のしていることは間違ってはいないだろうか、人形たちはちゃんと完成するだろうか、と。
「完成しないはずがないんだ。俺が手がけているんだから」
そう呟いてはみるものの、広い邸宅に一人きりで生活しているブルローズにはその呟きは寒々しく聞こえるばかりだ。
「早く会いたいよ、ギプソ、シプソ」
独り言ではなく、人形たちに聞かせるように、ブルローズは囁き続ける。
クッションの上のドールアイが、その囁きに応えるかのように、きらきらと光を放つ。
ギプソの瞳はエメラルドにしよう。対の双子人形となるシプソには、サファイアを使おう。そう思って、遠くの町から取り寄せたドールアイだ。この瞳を入れることで二体は、美しくて高貴な人形として完成するはずだ。
「もうすぐだね」
組み立てたボディを愛しげに撫でてから、ブルローズはヘッドを取り上げた。
まずはギプソのほうからだった。
焼成したヘッドに最後のメイクを施すと、アイホールにドールアイを固定した。仕上げにヘッドの裏側に、魔法のレシピとカスミソウをそっと塗布する。
先に完成させたボディとヘッドを組み立てれば、ギプソはブルローズだけの人形として動き出すはずだ。
「完成……した?」
ブルローズは、躊躇いがちに目の前の人形に触れてみた。
だが、動かない。動き出さない。自分の人形術師としての作品は失敗だったのかと慌てて手を引っ込めると、今度はシプソに手を伸ばす。さっきと同じように焼成後のヘッドにメイクを施し、アイホールにサファイアのアイをはめ込む。それからヘッドの裏側に魔法のレシピとカスミソウを塗布し、ボディとヘッドを組み合わせる。
どうか、成功してくれますように。
呪文のように口の中でそう呟いて、ぎゅっと目を閉じる。
「ギプソ、シブソ」
二体の人形の名前を呼んでから、ブルローズはゆっくりと目を開けた。
「起きるんだ、二人とも」
声をかけると、ゆっくりと人形の目が開いていく。
成功したのだ。
人形たちは目を覚まし、ブルローズが望むなら彼のためだけに存在し続けてくれるだろう。ずっと。
「おはよう、二人とも。俺が君たちのマスターだよ」
ブルローズが声をかけると、二体の人形はきらめく宝石の瞳で真っ直ぐに彼を見つめてきた。
(2015.1.4)
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