「つつじは流されやすいから、普段から気を付けないとダメだよ」
不意に桜井が呟いた。
「え? なに?」
問題を解く手を止めるとつつじは顔を上げ、小首を傾げる。
「今、何か言った?」
尋ねると、幼なじみの桜井は淡い笑みを口許に浮かべて「いいや、何でもない」と返した。何でもないような顔ではないことは、つつじにはお見通しのことなのに。
最近の桜井は、どこかおかしい。
ぼんやりしているかと思えば、急に饒舌になったり、得意のお菓子作りでとんでもない失敗をやらかしたりしている。他の人のいるところでやらかさないだけまだマシだよと桜井は笑っていたが、つつじの前でだけこうなってしまうのも問題ではないだろうかと思う。
「あんまり俺以外の人間に入れ込むなよって言ったの」
気が変わったのか、ムッとしたように唇をやや尖らせて桜井が言う。
「桜井、何言ってんの?」
ふふっ、とつつじは屈託なく笑った。
「僕の友達は桜井だけだって、知ってるくせに」
幼なじみの桜井とは、幼稚園以来の付き合いだ。
もうずっと一緒にいるから、つつじは桜井の考えていることが何となくわかる。
桜井のほうはだけど、どうなのだろう。時間の許す限りつつじと一緒にいてくれるし、勉強を見てくれることもある。二人で図書館へ出かけたり、たまには息抜きに街へ出かけたり、得意のお菓子を食べさせてくれることもある。それでもいまだにつつじは、桜井の本心を図りかねていた。
人気者で人当りのいい桜井が、自分といまだに親友でいてくれることが不思議でならない。
どうして彼は、自分と一緒にいたがるのだろう。どうして彼は、つつじと一緒にいる時にこんなふうに嬉しそうに笑うのだろう。他の人たちと一緒にいても、彼がこんなふうに嬉しそうに笑うことはない。たとえ笑っていたとしても、心がこもっていないようにつつじには思える。
「知ってても心配なんだよ」
そう言って桜井は、ふい、と明後日の方向へと顔をそむけてしまう。
可愛い、とつつじは思った。
皆の人気者の生徒会長がこんなふうに拗ねるところを見られるのは、つつじただ一人なのだと思うと、少しだけ嬉しくなる。ある種の優越感のようなものに浸ることができるのだ。
「なに、それ」
あはは、とつつじは笑った。
幼なじみで親友で、つつじには大切な存在の桜井だが、いったい桜井は自分のことをどんなふうに思っているのだろう。
やっぱり幼なじみは幼なじみのままだろうか。
それとも、親友──?
しばしの間考えたものの、最終的にはどっちでもいいか、とつつじはあっけらかんと思う。 自分たちは幼稚園以来の付き合いなのだから、今更どんな関係になったって桜井はおそらく、気にも留めないだろう。
幼なじみでも、親友でも、どっちでも構わない。
今のところ二人の関係は、そのどちらでもあるのだから。
「ほら、もう笑わなくていいからさっさと勉強しろよ」
あまりにもつつじが笑うものだからだろうか、桜井はムッとした表情で目の前のノートをとん、と指でさす。
「……あ、うん」
慌ててつつじは課題に目を向けた。
生徒会の役員会や何やらをほっぽり出して桜井は、自分の勉強を見てくれている。
無駄口を叩いている場合じゃなかったとばかりにつつじは問題を解き始める。
静まり返った部屋の中につつじがノートにシャープペンを走らせる音だけが響く。
ちらりと桜井のほうを見ると、優しい眼差しがつつじを見つめている。その眼差しに、問題を解くつつじの手が一瞬、止まる。
「あと一問」
まだ終わってないぞとばかりに目敏く桜井に注意され、つつじはひゃっ、と首を竦めた。
「さっさと片付けたら、新作のチョコケーキを試食してほしいんだけど?」
いつになく真面目な顔をして、桜井はそう言った。
「うん!」
頷いてつつじは、そそくさと再びノートへと視線を落とした。
(2015.1.18)
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