オスパ伯爵邸は広い。
見習い執事であるシナモンがまだ入ったことのない部屋や、出入りを禁じられている区画があるほど広大で立派な屋敷だ。
図書室のドアを開けるとシナモンは、日課の続きにとりかかる。
執事長のペッパーから言いつけられた仕事は、普段の仕事の他に図書室の図書の目録作成がある。
屋敷に来て日の浅いシナモンが、執事として様々なことを学ぶことができるよう、ペッパーがあれこれと考くれたのだ。一日も早く一人前の執事になることができるようにと、伯爵も快諾してくれた日のことをシナモンは今もはっきりと覚えている。
この屋敷が大好きだから、そして一緒に暮らす人たちのことが大好きだから、頑張ろうと思う。
たまに、気持ちばかりが先走って失敗をすることもあったけれど、そういう時ですらペッパーは優しく見守ってくれている。時として厳しく注意をされることもあったが、それはシナモンが一人前の執事になれるようにと思ってのことだ。執事長の気持ちがわかるから、シナモンは失敗をするたびに反省をし、次はもっとうまくできるようになろうと決意する。
今のところ、ペッパーが目標としているのは執事長のペッパーだ。
オスパ邸のありとあらゆることを取り仕切り、伯爵の日々の生活がうまく立ち行くように計らう手腕は見事だし、自分もああなりたいと心から思っている。思うだけではいけないのだよとオスパ伯爵にも言われて以来、シナモンはいつも努力を怠らない。
早くみんなに認められるだけの執事になって、いつか執事長となることができるよう、今日もシナモンは与えられた仕事をこなしていく。
二時間ばかり目録を作成すると、今度は別の仕事が待っている。
机の上に置いてあった懐中時計を慌てて上着の内ポケットにしまいこむと、シナモンは図書室を後にする。
パタン、と小さな音を立ててドアを閉めると、鍵をかける。
「また、明日」
ドアに向かってこっそりと呟く。
図書目録の作成は、オスパ邸の過去から現在へと続く覚書のようなものだ。最初は、目録を作成することでシナモンがオスパ邸の歴史を自然と覚えられるようにとのことだった。同時にこの作業は、オスパ伯爵の人となりを知ることもできた。
伯爵のことを知るにつれて、シナモンはオスパ邸が最初の頃よりももっとずっと好きになっていることに気付いた。
少し厳めしい感じのする屋敷だが、ペッパーがあれこれ目を配って塵ひとつないように保っているから、過ごしやすい。豊かな緑に囲まれた静かな屋敷に、小鳥のさえずりが響き渡る。明るくて、穏やかな屋敷だ。
「早く一人前の執事にならなくっちゃね」
小さく独り言を洩らすと、シナモンは今にも踊り出しそうな足取りで屋敷の中を足早に歩いていく。
忙しい執事見習いの仕事は、まだまだ山のように残っている。
執事長のお小言が飛んでこないうちに、早く次の仕事にとりかからなければとシナモンは、小走りに階段を駆け下りていった。
(2015.2.2)
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