ここ数日、水無月先生の様子がおかしい。
研究で忙しいわけでもなさそうなのに、こそこそとして、何か隠し事をしているような感じがする。
親子だからだろうか、こういった微妙な変化はアルナにはすぐにわかる。
今もそうだ。
園芸部で注文していた荷物が届いたからと、獅子先生が腕いっぱいの荷物を抱えて部室まで持ってきてくれたところ、わざとらしい態度で連れ立って部室を出ていってしまった。
父である水無月先生と自分の関係は秘密の関係であるが、獅子先生と父が仲良くするのは許せない。親子だと公衆の面前でばらしてしまうのも嫌だが、父が自分以外の誰かと仲良くするのも腹立たしく感じるといったところだろうか。
こんな複雑な気持ちを持て余しているのは、父が言うように自分が思春期真っ盛りだからだろうか。
はあ、とため息をつくとアルナは、手にしたジョウロを傾けて指先に水をかけた。
屋外では真冬の冷たい風が吹いているはずだが、園芸部の部室でもあるこの温室は一定の温度が保たれており、あたたかい。ジョウロの水が冷たくて心地よいぐらいだ。
「クリスマスぐらいは一緒に過ごしてもいいかと思ってたんだけどな」
言い訳がましく呟いたアルナの横顔はどこか寂しげな様子をしている。
はっきりと口にするのは恥ずかしくてできないが、本当は父親である水無月先生のことが大好きなのだ。学校でも、部活でも、一緒にいたい。そうでなければ父が顧問をしている園芸部に入部するはずがないだろう。
「ちぇーっ。お父さんの、イジワル」
濡れた指を振ると、頬に水滴が飛んでくる。それを指で拭うとアルナは、プランターの水やりを再開する。
タイミングを見計らってクリスマスのプレゼントを渡そうと鞄に忍び込ませてきているのに、もしかしたらそれも無駄になってしまうかもしれない。
「せっかく、プレゼント用意したのに」
別に学校で渡さなくてもいいのだが、少しでも早くプレゼントを見てほしかった。少し照れくさそうに笑って、喜んでくれる父の顔を見たいと思う。
それなのに獅子先生と一緒にどこかへ行ったきりで、父である水無月先生が部室に戻ってくる気配はこれっぽっちもないときた。
はあ、とまた、ため息が漏れる。
ジョウロを片付け、温室の中をざっと見渡して汚れているところがないか、部活で使用している道具が放置したままになっていないかを確かめてからアルナは帰り支度を始める。
時計の針はもう六時前だ。そろそろ部室を出なければ。
部室のドアを閉める時になっても父はまだ、戻っていなかった。
のろのろとした足取りで学校を後にする。
鞄の中のプレゼントがやけに重く感じられて、アルナはくしゃりと顔を歪めた。
父のために選んだプレゼントはありきたな色のマフラーだったが、カシミヤのふんわりとした手触りが心地よかった。これを、父に渡したかった。学校で。その場で首に巻いて、喜んでくれるだろうと思っていた。
──だけど、渡せなかったら意味がないよね。
胸の中で呟くとアルナは、校門をくぐる。
とぼとぼと帰路につきながら溜息をつくと、息が白かった。
宙をあおいですぅ、と息を吸い込む。
「お父さんの、馬鹿!」
いつになく大きな声を上げて呟くと、不意に背後から「ひどいなぁ」と声が返ってきた。
「あ、お父さ……じゃなくて、水無月先生」
困ったような顔の水無月先生が、アルナのすぐ後ろに立っていた。手には、小さなペーパーバッグを提げている。
「どうしたんですか?」
アルナを追いかけてきてくれたのだろうか、水無月先生はわずかに息を切らしている。
「はい、これ。ちょっと前にアルナにと思って買っておいたんだ。クリスマスのプレゼントだよ。さっき、園芸部の荷物と一緒に獅子先生が持ってきたから驚いちゃって……」
それで獅子先生と連れ立って、部室を出ていってしまったのだと父は言った。園芸部の買い出しのついでにプレゼントを買い、そのまま配達を頼んでしまったことをどうやら忘れてしまっていたようだ。本当なら帰りにショップでプレゼントを引き取るつもりだったのだと正直に父が告げてくれる言葉に、アルナは素直に耳を傾けていた。
「じゃ、じゃあ……僕も……僕も、これっ!」
あたふたと鞄の中から取り出した包みをアルナは、父の目の前に突き出した。
「僕もこれ、お父さんにプレゼントしようと思って……」
はい、とアルナが首を軽く傾げて父の目を覗き込む。
「お父さんに? 本当にもらっていいの?」
驚きでいっぱいだった父の顔に、次第に柔らかな笑みが広がっていく。優しくて、穏やかで、そしてなんと嬉しそうな笑みなのだろう。
「うん」
大きく頷き返したアルナも、珍しく父の前で素直な笑みを浮かべた。
「だって、クリスマスだもん」
(2014.12.28)
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