げんこつ山の

「げんこつ山の〜」
  どこからかちび達の楽しそうな声が聞こえてくるのに、縁側でうたた寝をしていた同田貫正国はうっすらと目を開けた。
  審神者の元に集められた刀達の中には、幼い子供の姿をした者もいる。短刀は特にその傾向が強く、性格的にも幼く、部隊から外れて本丸で留守を預かる時には人間の幼子がするような遊びに興じることがあった。
  今日はちび達に混じって鶴丸国永が一緒に遊んでいるからだろうか、やけに賑やかだ。
  うつらうつら縁側で船をこぎながら、同田貫は心地好い空気を感じていた。
  あまりにも穏やかすぎると気持ちも体も鈍ってしまうが、合戦や遠征から外れた休息の時間ぐらい、のんびりと過ごしたいものだ。
  きゃあ、きゃあ、とちび達が楽しそうに声をあげて縁側に近付いてくる。
  と、不意に誰かが小さな声で歌い出した。
「げんこつ山の〜、たぬきさん〜」
「おっぱい飲んで〜……」
  クスクスと笑いながら手遊びをするちび達が可愛らしく思えて、同田貫は口許に柔らかな笑みを浮かべたまま再び深く眠り込んでいった。
  目が覚めた時には日は西の空へと傾きかけていた。
  ちび達は一期一振が蒸かした芋を手に、すぐそこの座敷でおやつを口にしている。
「同田貫、君もどうかな」
  声をかけられ、ふと座敷の奥へと視線を向けると、ちょうど鶴丸が大きな口を開けて芋を頬張っているところだった。一瞬、目が合ったように思う。
  怪訝に思いながらも一期が手渡してくる芋を掴み、ガツガツと頬張る。ただ居眠りをしていただけだというのに、存外腹は減っていたらしい。二本目をぺろりと平らげ、三本目に手を伸ばしかけたところで一期に「めっ」と窘められた。弟たちの面倒をよく見ているらしい彼にかかると、同田貫どころか、他の連中も弟扱い、いや子供扱いされるのだからたまったものではない。
  チッ、と小さく舌打ちをすると同田貫は場所を移した。



  仲間揃っての夕餉も終わり、それぞれの食べた後の片付けをしたり風呂の用意をしたり寝床を整えたりしながら時間が過ぎた。
  とっぷりと日が暮れて、寝所でごろりと横になった同田貫の耳に、どこかの部屋からボソボソと言葉を交わす誰かの声や、厠へ行く足音が聞こえてくる。微かに酒のにおいがしているのは、寝酒を寝所へ持ち込んだ輩がいるからだ。先日は煙管を持ち込んでくれたおかげで、煙たくてかなわなかった。
  ごろん、と寝返りを打った先に、ぼんやりと白っぽいものが視界に映る。
  眉間に皺を寄せて白っぽいものをじっと凝視していると、明り取りの小窓から入ってくる月の光で白いものの正体が次第にはっきりとしてきた。鶴丸だ。
  畳の上でこちらを向いたまま、鶴丸は横になっている。剣呑な様子で目を細めて、真っ直ぐに同田貫を見つめている。
「なっ……てめっ、いつの間に!」
  慌てて起き上がろうとすると、それよりも早く鶴丸の手が同田貫の肩口を押さえ込んでくる。
「昼間、幼い者たちと遊んでいたらつい懐かしくなってな」
  ふざけた調子で鶴丸は呟くが、しかしその目は笑っていない。月明かり越しにちらりと見えた琥珀色の瞳は、今は陰鬱な炎のような色をしていた。
「ちび共と遊びながら、お前さんのことが気になって仕方がなかったんだ」
  眉間のしわをますます深くして、同田貫は鶴丸を睨み付ける。睨み付けたところでぼんやりとした月明かりだ、相手には見えないかもしれなかったが、睨まずにはいられない。
「なんで俺のことを気にする必要があるんだ?」
  手で相手の胸を押しやり体を離そうとするが、華奢な見かけによらず腕力は強いらしい。あっという間に布団の上で組み敷かれ、腹の上に馬乗りになった鶴丸は楽しそうに低く声を上げて笑った。
  腹が立って仕方がないが、力では敵わないことは最初からわかりきっていたことだ。
  だいたいこの男がちび共とただ遊ぶだけなんてことはありえない。あれはきっと何かの布陣だったに違いない。
「おや、もう諦めるのか?」
  尋ねる男の声からは、明らかに楽しんでいることがうかがわれた。
  どうして自分がこのような扱いを受けなければならないのだと憤慨してみせても、鶴丸はかえって喜ぶばかりだということに少し前に気付いたばかりだ。どうやらこの男は、同田貫が怒る姿を見て喜ぶのが趣味らしい。そう割り切るようになってからは少しは腹の煮えくりも収まったような気はするが、それでも腹の立つことに変わりはない。
  自分の腹の上に馬乗りになった男の顔をひと睨みしてから同田貫は、ふい、と横を向いた。
「諦めたんじゃねえよ。俺は、眠いんだ。邪魔すんな」
  力では敵わない。何度かこの男にこんなふうに押し倒されているが、一度として押し退けられた ためしはない。
  唇を噛み締め、同田貫はこめかみに青筋をうっすらと浮かべて押し黙った。



  男の手が、ゆっくりと同田貫の夜着にかかる。
  白くてほっそりとして、自分よりもはるかになよなよとした手に見えるが、この手が刀蛸のできた硬い手だということを同田貫は知っている。器用な指先が夜着を左右に大きく開き、硬い掌が肌に直接触れてくる。
  ふふっ、と微かに鶴丸は笑った。
「……何がおかしーんだよ。あ?」
  精一杯の強がりは、言葉だけしか残されていない。力で敵わないのなら、言葉を駆使するしかない。もっとも、その言葉ですら、同田貫は鶴丸に勝ったこは一度としてないのだが。
「げんこつ山の、たぬきさん……」
  小さく歌いながら鶴丸は、指先で同田貫の乳首を掠めた。するりと乳首に指の腹が触れ、すぐに離れていく。
「てめっ……」
  上体を起こそうとすると、今度はくにゅ、と乳首をにじり潰された。ぐりぐりと指の腹で押し潰したかと思うと乳首をきゅっと摘まんで、こねくり回してくる。
「っ……はっ……」
  ピリピリとする痛みと、身体の芯が焦げつくような深い快感が摘ままれた部分から腰へと向かって抜けていく。指が離れていくと同時に思わず同田貫は、深いため息をついていた。
「……なんだ、ちょっと触られたくらいで感じたのか?」
「ちがっ……!」
  今度は鶴丸の舌が乳首に触れてきた。言いかけた同田貫の胸に顔を伏せて、ペロリと芯の部分を舐めたかと思うと、唇で挟んで吸い上げてくる。
「やめっ……てめ、どけよ!」
  ガッ、と音を立てて男の額に頭突きを食らわせると、仕返しとばかりに乳首に噛みつかれた。痛いくらいに噛み締め、引き伸ばされ、血が滲みそうなほど嬲られた。
  喉の奥がヒュッと鳴って、同田貫の全身から抵抗しようという気持ちが抜けていく。
「やれやれ。感度はいいのにとんだ荒くれ馬だな」
  これは困ったなと小さく独りごちてから鶴丸は、噛みついた乳首に再び舌を這わせた。今度は優しく、慈しむように舐め上げてくる。
  同田貫の耳に、ふと昼間のあの歌がよみがえってくる。
「げんこつ山の〜、たぬきさん〜。おっぱい飲んで……」
  ちゅぱっ、と音を立てて乳首から口を離した鶴丸が、ふふっ、と小さく笑った。
「こんなに可愛らしいおっぱいだと、育てるのが大変そうだな」
  そう低く呟いて鶴丸は、また乳首に指を這わせた。いつの間にか同田貫の足の間に身を割り込ませ、腰を押し付けてきている。唇が降りてきて、鎖骨の窪みからもう片方の乳首へと向かって、小刻みに触れてくる。
  このままでは犯られる。この男には何度か尻を貸してやったことはあるが、それだけだ。それ以上の感情は持ち合わせてはいないし、そう何度も易々と犯られるわけにはいかないだろう。
「おい……どけよ」
  ぐい、と男の頭を引きはがすと、精一杯の眼力を込めて睨み付ける。
「ああ、そうだな。おっぱい飲んで、ねんねして……だったな」
  クスクスと笑いながら鶴丸は名残惜しそうに身を起こし、同田貫から離れていく。
  腰のあたりに硬くなったものをぐり、と押し付け、擦り上げるようにしてから鶴丸はぱっと畳の上に立ち上がった。
「今日はこのぐらいにしといてやるよ。お前に嫌われたくはないからな」
  月明かりの中で、鶴丸がひらひらと手を振って寝所を出ていくところが見えた。
  音もなく襖が閉まり、部屋の中には静けさが戻ってきた。
  もやもやとした気持ちを抱えたまま同田貫はチッ、と舌打ちをする。
  燻った体の熱をどうにかしなければ、今夜は眠れそうにはなかった。



(2015.2.8)


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