合戦からも遠征からも外され、同田貫は暇を持て余していた。
元はと言えば、合戦場で無茶をやらかしたのが原因だ。本丸に戻って刀本来の姿で手入れをしてもらっている間に、すっかり腑抜けたタヌキのできあがりだ。
昼間は内番としてちび達の手合せの相手をしているが、それ以外は縁側でゴロゴロとうたた寝をするばかりの日が続いている。同田貫としては一日だって早く合戦場に戻りたいと思っているのだが、なかなか審神者の許しが出ない。何を思っているのかは知らないが、他の者たちが意気揚々として合戦場に、或は遠征へ出かけていくのをただ黙って見送るばかりでは、苛立ちが募るばかりだ。
「あの……寂しいんですか?」
縁側の端で胡坐をかき、部隊が出かけていくのを眺めていると不意に声がかかった。
振り返ると、子虎を抱えた五虎退が不安そうな眼差しで同田貫を見つめている。
「あー……寂しいんじゃなくて、悔しいんだ」
自分が必要とされていないようで、悔しい。寂しいのとは、また異なる感情だ。
「そっか。悔しいんですね、同田貫さんは。皆と一緒に合戦に行きたかったんですね」
そう言う五虎退も先の合戦で深手を負い、ここしばらく手入れをしてもらっていた。だからだろうか、同田貫とずっと一緒に内番を組まされている。
「本丸でのんびりなんて、俺の性に合わねえんだよ」
肩を竦めて同田貫が言うのに、五虎退は「そうですね」と呟く。そんなことないだろう、お前は戦が嫌いなんだろうと思いながらも同田貫は、そ知らぬふりで大口をあけて欠伸をした。
ゴロンと縁側に横になると、空が青かった。
いい天気だ。
こんな天気の日に合戦場に出ることができたなら、きっと楽しいだろう。血沸き肉躍るとはきっと、合戦場で覚えるあの昂揚感のようなことを言うのだろう。
「あの、暇……ですね」
何もすることがないのは、手入れで部隊から外されている者ならではだろう。内番で当たった役割をすましてしまえば、後は何もしなくていいのだから。
「そうだな」
つっけんどんに低く返すと、おどおどとしながらも五虎退は縁側の端に腰を下ろした。
「僕、藤四郎さんたちに手遊びを教えてもらったんですよ」
子虎たちが足元で遊ぶのを眺めながら五虎退が告げる。
「よかったら教えてあげましょうか、同田貫さん」
手合せが終わったら、今度は子守かよと胸の内で同田貫は呟く。今すぐにでも合戦場に出たくて仕方がないのに、審神者はいつだって「否」と言う。準備の整っていない者を戦に出すことはできない、と。 準備とやらがどういったものなのかは同田貫にはわからないが、審神者には審神者なりの判断とやらがあるのだろう。刀の主として、審神者はきっと正しい選択を為すはずだ。
「そうだな。教えてもらおうかな」
ぽそりと呟いて、同田貫は縁側に起き上がった。
気紛れに子供の相手をしたのが間違いだった。
慣れないことはするものではない。
五虎退の要求は、同田貫にとっては随分と難しいものだった。
まずは、手遊びだ。指を組み合わせて手を叩いたり、歌ったり、忙しいことこの上ない。無骨な自分にはまったくわからず、早々に諦めてしまった。
毎日の手合せで言葉を交わしているからか、それとも一緒に遊んでもらえることから仲間意識を膨らませたのか、五虎退は気にする様子もなく、一人で楽しそうに遊んでいる。時々、足元の虎がじゃれついたり構ってもらおうと飛び跳ねたりするが、五虎退が熱心に歌を口ずさんでいるのを見ると子虎のほうからおとなしくなる。
「そうだ、同田貫さんにぴったりの遊びがあるんですよ」
不意に五虎退が声を上げた。
同田貫の前にわざわざ膝でにじり寄ると、にっこりと笑いかけてくる。
「ね、一緒にしませんか?」
子供の遊びを自分が一緒にするだなんて、考えられない。眉間に皺を寄せて同田貫はしばし思案した。
「簡単だから、僕が歌う後について歌ってください」
邪気のない顔でそう言って微笑まれると、断りにくい。渋々ながら頷くと、五虎退は楽しそうに歌いだした。
「げんこつ山の〜、たぬきさん〜」
拳をとんとんと打って五虎退が歌う。
「げ……んこつ山……たぬき……?」
途端に同田貫の表情は怪訝そうなものへと変化した。
どうしてたぬきなのだと思いながらも、つっかえながら何とか歌う。
「おっぱい飲んで〜、寝んねして〜」
「お……」
五虎退に続けて歌おうとして、同田貫ははっと我に返った。
歌えない。いい歳をした男が、どうしてこんな歌を歌わなければならないのだ。眉間どころか、こめかみに何本もの青筋を立て、口元をヒクヒクとひきつらせながら同田貫は五虎退を見つめた。
「歌ってください、同田貫さん」
でないと続きができないです、と五虎退が可愛らしくも困った表情をする。
「う……」
歌えないわけではない。ただ、歌の内容に問題があるだけだ。子供はいい。子供なら、邪気もないから別に歌ったとしても問題はないだろう。だが、自分はどうだろう。この歳でおっぱいだとか、寝んねだとか、そんなことを歌っていられるわけがないだろう。
「うぅ……」
きょろきょろと周囲を見回し、人目のないことを確かめてから同田貫は、小さな小さな声でぽそぽそと歌い始める。同田貫のたどたどしい歌声に合わせるようにして、五虎退も声を重ねてくる。
「おっぱい飲んで〜、寝んねして〜……」
五虎退の透き通るような声が高らかにあたりに響き、同田貫はいてもたってもいられないような気分になってくる。
どうして自分が子供と一緒に歌を歌っているのかとか、その歌の内容はとか、そんなことを考え出すと今にも顔から火が出そうになってくる。拷問のようなこの時間から早く逃げ出したいと思ってはいるのだが、五虎退は一向に満足してくれないようでいつまでたっても解放してもらえない。
ひとしきり歌い終わったところで同田貫はほっと大きな溜息をついた。
「な、もういいだろ?」
俺は忙しいんだとばかりに肩を怒らせて尋ねると、五虎退はにっこりと笑い返してくる。
「はい。一緒に遊んでくれてありがとうございました。虎たちも楽しかった、って言ってます」
俺は楽しかねえよ、と言いそうになるのをぐっとこらえて同田貫はそそくさとその場を逃げ出す。
庭の端まで来たところでふと振り返ると、五虎退が子虎たちを相手にまた歌い始めたところだった。
「げんこつ山の〜、たぬきさん〜」
もう、やめてくれとばかりに眉間の皺をさらに深くして、同田貫は本丸へと続く長い長い縁側を大股に歩き始めた。
(2015.2.9)
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