腹痛

  いつもは口煩い同田貫が、今日に限ってはおとなしい。
  営業マンとしてこの四月に採用されたばかりだが、同田貫はあっという間に皆と打ち解けた。毎日のように元気を振り撒いているあの同田貫が、妙に静かだ。少し前に営業回りから帰ってきたと思ったら、自席で青い顔をしてうつむいている。
  どうしたのだろうかと鶴丸がひょいとデスクごしに顔を覗けば、額にうっすらと脂汗を浮かべている。
「おいおい。どうしたんだよ、いつも元気な同田貫くんが」
  ふざけて声をかけた途端、ものすごい形相でギロリと睨み付けられた。
  怒っているわけではないと思う。
  気紛れに鶴丸が仕掛ける悪戯は、今日はまだ披露していない。だから、同田貫が怒るはずはない。
  では、いったいどうしたのだろう。
「大丈夫か? 具合が悪いなら悪いって、ちゃんと言えよ」
  そう言った途端、同田貫は青褪めた顔をヒクつかせながら勢いよく自席から立ち上がる。
「おっ、どうした?」
  尋ねる声に耳を貸す間もなく、同田貫は事務室を飛び出していく。
「おい、鶴丸。あまり新人を虐めるなよ」
  溜息を吐きながら同期の長谷部が窘めてくる。
「いや、苛めてたわけじゃないんだけどな」
  ほんのりと残る臭気に鼻をヒクつかせながら、鶴丸は言葉を濁した。
 あのへっぴり腰だ。おそらく駆け込んだ先は、トイレだろう。
「……よほど我慢してたんだろうな」
 ぽそりと呟くと鶴丸は、意地の悪い笑みをうっすらと口元に浮かべた。



(2015.3.20)


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