夜桜に酔う

  少し飲みすぎたかと、同田貫はよろける足で宴会場をそっと抜け出した。
  宴会場のすぐ前には、大きな中庭が広がっている。池をぐるりと迂回した先には、桜の老木が淡い緋色の花を闇夜にうすぼんやりと浮かび上がらせていた。
「夜桜か……」
  呟いて、同田貫は先ほどから手にしたままだった徳利にようやく気付いた。
  今夜は随分と飲んだような気がするが、あともう少しぐらいなら飲んだところでどうと言うこともないだろう。どうせ明日は非番だ。内番の予定も入っていないから、万が一にも二日酔いになったら、布団の中で寝ていればいいことだ。
  同田貫は池の傍に腰を下ろすと、胡座をかいた。
  夜桜を眺めながら酒が飲めるなんて、滅多にない贅沢だ。
  満足そうな笑みを口許に浮かべると、同田貫は徳利の酒をぐい、とあおり飲む。
  穏やかな風に桜の花びらがひらひらと舞い、ひどく幻想的な夜のことだった。



(2015.3.30)


鶴たぬTOP