バイトから帰ってくると、部屋の中はガランとしていた。
朝、自分が出かけた時と同じ状態で、ちゃぶ台だけが部屋の真ん中にぽつんと置かれている。 鶴丸の姿はなかった。
夕べは散々、鶴丸に悪戯をされた。ホワイトデーのお返しをすると頷くまでは放してもらえず、泣きが入るほど激しく抱かれた。朝からそのことでひとしきり怒鳴りつけてやったから、しばらくはおとなしくしているつもりなのだろう。
それにしても、厄介だと同田貫は溜息をつく。
バイト先のオヤジたちと世間話をしていたら、うっかりホワイトデーなる悪しき慣習の話題になってしまった。バレンタインにチョコをもらったのならお返しをするのが男ってものだ、それが礼儀だ、漢だろうと背中を叩かれ、見送られて帰ってきた。同田貫にしてみれば、藪蛇でしかない。
確かにバレンタインにチョコをもらったのは認める。
だが、あのチョコは鶴丸が個人的に取り巻き連中からもらったものだったはずだ。それを一緒に食べようと声をかけられたから、同田貫はお相伴にあずかっただけだ。ただそれだけのことなのに、こんなふうにホワイトデーのお返しを要求されるとは、世も末だ。
おまけに鶴丸のお返しの要求は先週あたりから日ごとにエスカレートして、夕べはとうとう、今日のお返しについてのレクチャーまでされてしまったのだ。
それを完全に拒むことのできなかった自分も自分だが、それにしても腹立たしい。
フンッ、と鼻息も荒く同田貫は、まずはシャワーを使った。
土方のバイトは冬でも汗をかく。泥も撥ねるし機械油も飛ぶ。着ていたものを全て洗濯機に放り込むと、頭から熱いシャワーを浴びて同田貫は部屋へ戻った。
腰に巻いたタオルが今は心もとない。
もう一度、はあぁ、と大きな溜息をついてから同田貫は、鶴丸から手渡されたペーパーバッグに手を伸ばす。
あまり気は進まなかったが、チョコをもらったからにはお返しをしなければならないのだろう、きっと。そうしなければ漢じゃないと、バイト先のオヤジたちにも言われた。だから、本意ではないがお返しをするだけだ。それだけのことだ──そう自分に言い聞かせながら同田貫は、ペーパーバッグの中に手を突っ込み、ガサゴソと中をひっかきまわした。
指先に触れるのは、柔らかな布の感触だ。
眉間の皺を深く寄せて、同田貫はその布きれを取り出した。
ひらひらのレースがついたピンク色のエプロンは、ご丁寧に胸のところに大きな赤いハートマークがついていた。
「げ……こんなん着るのかよ」
心底嫌そうに呟きつつも同田貫は、エプロンを身に着ける。エプロンの下は、もちろん何も着けていない。いや、まだ腰にタオルを巻いていた。
まあ、これぐらいはいいかと、そのままの格好でコンビニ弁当をちゃぶ台に並べる。
自分の分と、鶴丸の分だ。
どうしようかと逡巡するが、その間にも同田貫の腹の虫はグーグーと鳴いている。
「待ってられるか」
口の中でぼそぼそと呟くと、弁当の蓋をあけてまだほんのりとあたたかい幕の内に手をつけ始めた。
弁当を平らげて腹が満たされると、眠気がさしてくる。
腰にタオルを巻いたままの裸エプロン姿でゴロリと畳の上に横になると、同田貫はあっという間に寝入ってしまった。
 目が覚めたのは、何かが身体に触れてきたからだ。しばらくごそごそとしていたかと思うと腰に巻いていたタオルを取り上げられた。股のあたりがすーすーして、不快な感じがする。
眉間に皺を寄せて目を開けると、目の前に鶴丸がいた。
「目が覚めたか?」
ニッと口元をつり上げて笑う鶴丸は意地の悪そうな顔つきで同田貫を見つめてくる。
「お、お帰り……」
なんとか同田貫が言葉を絞り出すと、鶴丸は顔を近付けてきた。鼻先と鼻先が触れそうなぐらい、鶴丸の顔が近い。
「ちゃんと裸エプロン姿になって待っていたことは褒めてやるが、腰にタオルを巻いていたのはいただけないな。まったくお前は色気のないやつだ、同田貫」
はあ、と溜息をついて鶴丸が言うのに、同田貫はムッとする。
そもそもこの男が裸エプロンを要求したりしなければ、自分はいつものジャージ姿でいられたのだ。
「色気? 知るか、んなもん」
チッ、と蔑むように舌打ちをすると、鶴丸はニヤリと笑った。
嫌な笑みだ。
この男は、よく笑う。優しそうに笑うこともあれば、何かを企んで笑うこともある。後者の場合はたいてい、目の奥が笑っていない。まったくもって嫌な笑みだ。
「じゃあまあ、せっかくのホワイトデーなんだし、バレンタインのお返しをありがたくいただくとするかな」
そう言うと鶴丸は、エプロン姿の同田貫の体を畳の上に膝立ちにさせた。
顔をしかめて、足元に座り込んだ鶴丸を見下ろすと、彼は何が楽しいのかうっすらと口元に笑みを浮かべている。
何もしないのかと思ってじっと見つめていると、ほっそりとした骨っぽい指が、エプロンの布地の上からそろそろと同田貫の体に触れてきた。
「お前のほうからたまにはご奉仕してくれてもよさそうなものだがな」
そう言いながら鶴丸は、何度も同田貫の竿を撫でる。直接触られるのとはまた違った布越しの感触が、どこかしらもどかしい。
「ばっ……馬鹿か、アンタは。誰が……っ!」
罵声を浴びせかけようとすると、絶妙のタイミングで鶴丸の手が同田貫の竿をぐっと握り締めてきた。咄嗟に身じろぐと、同田貫の喉の奥で微かな声が上がった。
「硬くなってきたな」
さす、といやらしい手つきで布の上から竿を撫で上げられ、同田貫は戸惑いを隠すことができないでいた。気持ちいいのだ。中途半端な刺激が心地よくて、のめりこんでしまいそうになる。もっと、もっとと、ねだってしまいそうになる。
ゆら、と腰を揺らすと、鶴丸の手に握られた竿に加わる刺激がほんの少し強くなった。気持ちいい。
同田貫は目を閉じると、鶴丸の肩に手を置いた。
「ん、ん……」
鼻にかかった声を零しながら、もぞもぞと腰を揺らす。
「いい顔してるなぁ、同田貫」
からかうように鶴丸が囁く。
鶴丸の手に包まれた竿はいつしか硬く張りつめて、先端のほうには先走りが滲みだしていた。 同田貫がうっすらと目を開けると、エプロンの布地をもっこりと押し上げる自身の性器と、鶴丸の顔が見えた。先端に滲んだ先走りのせいで、エプロンの色が変わっている部分も見える。
「ぁ……」
恥ずかしくて、咄嗟に目を反らした。
顔が熱いから、きっと赤面しているのだろう。
「色気はないが、初心な仕草が可愛いねぇ」
言いながら鶴丸は、布地の上からペロリと竿の先端を舐めた、ちゅぷっ、と湿った音がしたかと思うと布地ごと先のほうをパクリと口に含んで、いやらしい音を立てながら舐めたり吸ったりし始める。
「んっ、あ……あ、あ……」
同田貫の下腹の奥から腰にかけて、痺れるような感触が走った。
「やめっ……」
肩に置いた手にぎゅっと力を入れると、鶴丸は一旦口を離して、同田貫を見上げてきた。
「お前はこれでもしがんでな」
そう言うが早いか、エプロンをたくし上げ、同田貫の口元へと持っていく。ちょうど、先走りの染みた部分が口に押し込まれそうになり、同田貫は首を横に振って抵抗しようとしたが、無理だった。鶴丸の力強い手は素早く同田貫の口に布地を押し込んだ。先走りの青臭いにおいと、エプロンの布地のにおいが口の中に広がって、同田貫はまたもや眉間に皺を寄せる。
こんなことをされても鶴丸のことを嫌いになれないのが悔しかった。
歯ぎしりをすると、ぎり、と布を噛み締める音がした。それから、口の中にじわりと広がる青臭い先走りと布のにおい。
「すぐに気持ちがよくなるさ」
宥めるように鶴丸が呟き、隠すものが何もなくなった同田貫の性器をぬるぬると舐りながら口に含んでいく。時折、赤い舌がちらりと見えると、それがとてつもなくいやらしいもののように思えた。蠢き、舐め啜り、同田貫の亀頭を舐りまわしている。
「ん……うっ、ぁ……」
膝がカクカクとなってきたところを見計らって、鶴丸の指が後ろの窄まりに差し込まれた。乾いた鶴丸の指が襞を押し広げながら同田貫の中に突き入れられる。我慢できる痛みではあったが、気持ちいいとは言い難い。
「お前は、少しぐらい痛いほうが具合がいいみたいだからな」
再び口を離すと鶴丸はそう言った。それからぐにぐと指を動かし、内壁を擦りながら奥へ、奥へと、ゆっくりと押し込んでくる。
「ん、んっ……」
首を左右に振って同田貫は抵抗しようとした。
それを見越していたのか鶴丸は、同田貫の性器を素早く口にくわえた。
今度は竿全体にパクリと食らいつくと、大きく頭を上下に動かして口全体で扱き始める。
「ん……やっ……」
カクカクと膝が震える。
鼻にかかった声は、同田貫にしてみれば女の声のようにも思えてみっともない。
「や、め……」
ああっ、と同田貫が悲鳴のような声を上げた瞬間、噛み締めていたエプロンの裾がはらりと零れ、鶴丸の頭にかかった。
同田貫の腰がビクンと跳ねて、エプロンの下で鶴丸が喉を鳴らすのが聞こえた。
痺れるような快感と、羞恥が入り混じり、同田貫の白濁と混ざり合って鶴丸の喉の奥へと飲み込まれていく。
「ふっ……ぅ、ん……」
エプロンの影に隠れた鶴丸の肩にしがみついて、同田貫はとぷとぷと吐精した。
目を開けると、煌々とした灯りの下で鶴丸が満足そうに舌なめずりをしているところだった。 口元に残る白濁がエロティックで、同田貫は眩暈を感じた。
「……アンタ、いつもこういうことを不特定多数の連中としていたのかよ?」
少し前から気になっていたことを、同田貫は尋ねてみた。
成り行きで体を重ねるようになってしまったが、同田貫のほうは鶴丸にほぼ一目惚れだった。優しそうな顔に騙されたと言えばそうなのだろうが、それだけではない魅力に気付いていたのものた事実だ。根は優しい男なのだ、鶴丸という男は。
ただ、鶴丸はいつも多数の取り巻きを連れ歩いていた。その時々で気に入った相手とセックスを愉しむような淫蕩生活を続けていた。そこが同田貫には納得のいかない部分だった。
だからだろうか、いまだに同田貫は、鶴丸が自分の恋人だということが信じられないでいる。 「はあ?」
怪訝そうに首を傾げる鶴丸の唇の端に同田貫は、自らの唇を押し付けた。
ペロリと舌先で鶴丸の唇を舐めると、精液の苦い味がした。
「まじぃ……」
うえっ、とえずきながら同田貫が言うのに、鶴丸は得心したような表情を向けてくる。
「安心しろ。裸エプロンなんてプレイをしたのは、お前が初めてだ」
「はっ……はだっ……」
途端に同田貫はゲホゲホとむせこむ。
なんてことを口にするのだと睨み付けてみても、鶴丸のほうはどこ吹く風だ。飄として他人事のように思っているようなところが、また腹立たしい。
「も、言うな……」
ギロリと睨み付ける同田貫の顔は、ほんのりと赤みを帯びている。
「じゃあ、もう一戦」
そう言うが早いか鶴丸は、同田貫の体を畳の上に押し倒したのだった。
(2015.3.18)
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