ポツポツと桜の花が開き始めたのは、つい数日前のことだ。
  枝垂桜、八重桜、山桜……普段は少しずつ時期をずらして咲き始める花たちがいっせいに花開き、あたりの景色は一気に春めいたものになった。
  ちょうど遠征に出ていた第二部隊が戻ってきたのは、そんな時だ。
  久しぶりに全員揃ったところで花見をしようと誰かが言い出した。
  次郎太刀だったか、歌仙兼定だったか、とにかくそのあたりの誰かが言い出したことだ。
  宴会好きな連中のことだから、その日の夕方には中庭にある老木の下に敷物を敷いての酒盛りとなった。
  賑やかなのは、嫌いではない。だが、相手をするには煩わしくもある。
  同田貫は仲間たちから少し離れたところで一人酒を愉しんでいた。
  見上げると、空には月がかかっている。白くてふくよかな月と桜の花を、同時に眺めた。
「いい月だな」
  不意に声がかかった。
  鶴丸だった。
  振り返らなくても、好いた男の気配ならすぐにわかる。
  同田貫は身じろぎもせず、手にした徳利をくい、と男のほうへと差し出してやった。
「ああ。花見酒にはもってこいの夜だ」
  鶴丸は、同田貫の隣に腰を下ろした。
  手にした盃に同田貫の徳利から酒を注ぐと、ニヤリと笑う。
「俺は今夜、月も花も手に入れたぞ」
  ほれ、見ろ──と、そう鶴丸が告げるのに同田貫は盃の中を覗き込む。
  盃の中には、白くふっくらとした月が映り、ひらひらと舞い落ちる桜の花びらの一枚が浮かんでいた。
「ああ……そうだな。見事なもんだ」
  そう返すと同田貫は、鶴丸の目をちらりと覗き込む。
  琥珀色の鶴丸の瞳が、月の光を受けて赤っぽく見えた気がした。同田貫の好きな、戦の時の鶴丸の瞳だ。
「その名誉を、俺にも分けてくれ」
  酒臭い息を鶴丸の顔へぷはぁ、と吹きかけてやると、彼はくくっ、と喉の奥で楽しそうに笑う。
「お前になら喜んで分け与えよう」
  そう言うと鶴丸は、盃の酒をぐい、と飲み干した。
  それから同田貫の頬に手を寄せ、唇を寄せていく。
  チュ、と音がして、二人の唇が重なった。



  月明かりの下で互いに唇を重ね合った。
  同田貫の唇を割って鶴丸の舌が潜り込んでくると、ほのかに酒の味がしていた。
  ちょろ、ちょろ、と酒が口移しに与えられる。
  この酒は、なかなかにまろやかな味をしている。いい酒だ。次郎太刀が遠征先で見つけてきたのを分けてもらったものだ。
「ぅ……んっ」
  鼻にかかった声をあげながらも同田貫は、もっともっとと、激しく鶴丸の唇を貪った。
  散々唇を吸い合って、ようやくクチュ、と音を立てて鶴丸の唇が離れていく。
  顔を上げると、月明かりの下で鶴丸の唇に花びらがぺたりと張り付いているのが見えて、同田貫は小さく笑った。
「まだ、足りねえ」
  そう言うと再び、鶴丸の唇に自分の唇をぐいぐいと押し当てていく。互いの唇の間に花びらが挟まれ、鶴丸の口の中へと飲み込まれていく。
  舌と舌とを絡めて唾液を啜り合うと、身体がカッと熱くなった。
  片方の足を立膝にしてもっと深く唇を合わせようと同田貫は、鶴丸のほうへと身を寄せる。
  鶴丸の手が、同田貫の顎を撫でて頬へと指を這わせていく。一旦唇を離したかと思うと、顔に残る傷跡に鶴丸は唇を押し付けてきた。
「……部屋へ行くか？」
  低く艶のある声で囁かれ、同田貫は首を横に振る。
  まだ、ここにいたい。ここでこうして、この男の唇に触れていたい。
  掠れた声で「まだ、行かねえ」と返すと、鶴丸は鼻先でふふっ、と笑った。
「煽っているのか？　無骨なタヌキのくせに？」
  言いながら鶴丸は、同田貫の唇に指先で軽く触れた。唾液に濡れててらてらと光る唇を指でなぞって、またくちづける。
  どこか遠くのほうで、誰かが声を上げるのが聞こえてくる。いい雰囲気に酒がまわって、向こうは向こうで賑やいでいるようだ。
「あんたは？　連中と一緒に飲まないでいいのか？」
  同田貫と違って鶴丸には、気心の知れた仲間がいる。せっかくの宴会でその仲間たちと酒を飲まなくてもいいのかと尋ねると、鶴丸は構わないと返してくる。
「ここで、こうして……一晩中、桜を眺めながら乳繰り合うのもいいかもしれないな」
  ひらひらと桜の花びらが舞い落ちるのを眺めながら、鶴丸がさらりと告げた。
「冗談だろ。俺は、部屋へ戻るぞ」
  前言撤回だと同田貫が立ち上がる。
  鶴丸もすっくと立ち上がると、同田貫の肩を掴んで引き寄せる。
「今宵の桜は本当に美しい」
  もう一度くちづけを交わしてから、二人は人目を避けるようにして部屋へと戻っていった。