手にした刀の切っ先を地面へと下ろし、同田貫は大きく息をつく。
合戦場での戦いは凄惨を極めていた。
一人、また一人と仲間が傷つき、地面に膝をついてく中、同田貫は刀を手に敵と戦っていた。
あたりを見回すと、木立の向こうで白い衣装が翻るのがちらりと見える。
「あれは……鶴丸か?」
口の中で呟いて、同田貫は刀の柄を握り直す。
敵の残党はまだそこここに散らばっている。仲間たちの無事を横目で確かめ確かめしながら同田貫は、鶴丸のいる木立の向こうへと走っていく。
林の小道を駆け抜けると、少し開けた台地が広がっていた。
後からあとから援軍が湧いてくるようで、鶴丸は既に四、五人の敵に取り囲まれていた。
遠目にも、怪我をしているらしいことがはっきりとわかる。彼のあの白い戦装束がところどころ赤く染まっているからだ。
「加勢に来たぜ!」
木立を抜けたところで大声を放つと、敵の意識がこちらへ逸れた。その隙に鶴丸の刀が一閃し、真正面にいた敵をなぎ倒す。
疲れているし怪我もしているようだが、まだまだ戦うだけの気力はあるようだ。
ホッと息を吐き出すと同田貫は、鶴丸のほうへと駆け出した。
どこからか石が飛んできた。どこに潜んでいるのかまではわからなかったが、敵は同田貫の目に見えているだけではないらしい。
「気を付けろ、同田貫。そこの繁みにも何人かいる」
こちらをちらとも見もせずに、鶴丸が声を張り上げる。
駆け寄りながら同田貫は、背筋がゾクゾクするのを感じていた。
緊迫したこの空気が、楽しかった。
追い詰められ、嬲られてもやり返すだけの余裕がまだ自分にも鶴丸にもある。
これぞ、戦い。これぞ、命のやり取りだ。
時間を稼ぐことができれば、そのうち仲間たちの誰かが二人がはぐれてしまったことに気付いてくれるだろう。
敵の援軍が来ないとも限らないが、来るとも限らない。全ての可能性はなきにしもあらず、だ。
鶴丸に指摘されたとおり、すぐそばの繁みから敵が飛び出してきた。視界に敵を捉えると同時に相手の腹に刃を突き立て、脳天へと向けて引き上げる。
次の刹那、切り裂かれた敵の体から血が噴き出した。飛沫を上げる血のにおいが鼻をつき、同田貫はニヤリと口の端を吊り上げた。
「まだ戦えるだろ、ジイさん」
どうにか滑り込んだ敵の眼前、鶴丸と背中を合わせて刀を握りしめる。
「そっちこそ、暴れ足りないのだろう?」
鼻でフン、と鶴丸は笑った。
お互いのことは、お互いがいちばんよくわかっている。
命のやり取りをしている場でも落ち着いていられるのは、同田貫が鶴丸を信頼しているからだ。鶴丸だってそうだ。同田貫のことを信頼してくれている。
「お互い様だ」
そう言い捨てて同田貫は、腹の底から咆哮を上げる。
切りかかってきた敵を刀身を使って払い退けると、返す刀で別の敵を切り捨てる。また血のにおいが濃くなる。目の端に入る鶴丸の装束の裾も、今や鮮血に染まっている。
「……さっさと終わらせて、美味い鍋が喰いたいな」
言いながらまた、同田貫は敵をなぎ払う。
「それはいいな。猪肉か? それとも鳥肉か?」
背後の鶴丸が同調して、言葉を返してくる。
「どっちでも構わねえよ」
「生きて、戻れたらな」
鶴丸が後を引き取って掠れた声で言い返す。
とん、とぶつかりあった肩口から相手の力が流れ込んでくるような感じがして、同田貫は刀を手に、腹に力を込めた。
「あんたの奢りだからな!」
そう叫んだような気もするが、もしかしたら声に出さなかったかもしれない。
そもそも合戦場で刃を交える時に、そんな細かいことを覚えているはずもないだろう。
二人の周囲に集まってきた敵の群れへと斬り込んでいく瞬間、同田貫はかつてないほどの興奮を感じていた。
(2015.4.12)
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