ハロウィン・ナイト
──お菓子か、悪戯か。
ニヤリと笑ってサンジは、ジャケットのポケットがわずかに膨らんでいることを確かめる。
今夜はハロウィンだ。
バラティエでもここしばらくは、季節にあわせてハロウィンを連想させるカボチャ中心の料理を出していた。それも今夜で終わりだ。次はクリスマスに向けて、また新たなメニューを考える必要がある。おそらく明日か明後日あたりには、メニュー会議が開かれるはずだ。
サンジがエースと一緒になり、バラティエに転がり込んで、まだ半年と経っていない。
海は恋しいが、まだまだ二人の生活を続けていたいと思わずにいられない。陸にあがって生活するのも捨てがたいが、なによりもここにいれば、海を身近に感じることができる。今はまだ、幸せの絶頂にいたい。
灯りの消えた厨房へとサンジは引き返す。
仕事を終えたコックたちが厨房を引き上げると、エースの仕事が始まる。サンジが使う厨房を、エースが掃除するのだ。もちろん掃除なら他のコックたちや下働きの者たちがしているが、それとは別に、エースはサンジのためだけに厨房を掃除する。時間のある時は、店内の掃除までする。あの火拳のエースが、だ。
ともすればニヤニヤと緩みそうになる口元をきゅっと引き締めて、サンジは厨房のドアを開けた。
薄暗い闇の中で、入り口に背を向けるような格好でエースは床にモップをかけていた。
「お疲れさん」
声をかけるとサンジは、素早くエースの背後から抱きついていった。
裸の背中に額を押し当てると、肩胛骨のすぐ横にくちづける。
「そっちこそ、お疲れさん」
少し舌足らずな感じのするエースの低く甘い声に、サンジはドキリとする。
隆起する背中の筋肉はしなやかで逞しい。触り心地のいい背中の窪みにベロリと舌を這わせてから、サンジはするりと身を離した。
閉店と同時にハロウィンの飾り付けは取り外され、既にバラティエの店内は明日からの通常営業の内装に戻っている。
シンク脇に転がっているディスプレイ用の小ぶりのカボチャの手提げには、夕方まではカラフルで甘ったるいキャンディとチョコレートがいっぱいに詰まっていた。もっとも、今は空っぽで何も入っていないが。閉店間際を狙ってやってきたティーンズの悪ガキどもに中身をぜんぶとられてしまったと聞いている。人のいいエースのことだからおおかた、一人に数個ずつのところを鷲掴みにして配って持たせたのではないだろうか。
「トリック・オア・トリート……って言ったら、何をくれる?」
もう、甘いお菓子はひとつも残っていない。
エースは何をくれるだろうか?
抱きしめた目の前の背中を、期待に満ちた眼差しでサンジはじっと見つめる。
「……何が、欲しい?」
逆に、問いかけられた。
焦らすように肩を小さく揺らすとエースは、サンジの手を掴んだ。熱いようなあたたかな手、にサンジの手が包まれる。
「あ…アンタ、が…──」
言いかけたところでぐい、と手を引っ張られた。
痛いほど強い力に引き寄せられた。サンジの体がぐるんと回ったかと思うと、エースの胸の中に抱き込まれていた。
甘いキャンディとチョコレートのかわりに、甘い甘いキスをエースからもらった。
肉感的なぽってりとした厚みのある唇がサンジの唇を塞ぎ、わずかな隙間を舌がこじ開ける。強引なところがいい。サンジは小さく笑ってエースにしがみついていく。
ほっそりとしたサンジの体をまさぐるエースの手の熱さに、深い溜息が出た。
「……ここで、ヤんの?」
厨房はサンジの仕事場であり、神聖な場所だ。ちらりとエースの顔を見上げると、彼はニヤニヤと笑っていた。
「ダメか?」
悪びれもせず、エースは笑っている。無邪気というか、純朴というか。サンジは眉間に皺を寄せるとぐいぐいと抱きしめた腕に力を入れた。エースのことが大好きだと思った。
「ジジィや他の連中には黙っててやるから、ここでしよう」
本当はサンジのほうが待っていられなかった。一分でも一秒でも早く、エースが欲しい。抱きしめて、キスをして、熱くて硬いもので貫かれたいと思っている。
「悪いのは俺一人?」
冗談めかして尋ねてくるエースの唇に、サンジはやんわりと噛みついた。
「そうだ。悪いのはてめぇ一人だ」
シンクの縁に体を預け、エースとキスを交わした。
深く舌が口の中に潜り込んできて、サンジの舌を吸い上げる。気持ちいい。チュ、と音を立てて唇を離すと、唾液の筋が糸を引いて口元に雫を作った。
「本当にここでいいのか?」
エースが尋ねる。
これまで、人気のない夜の厨房で軽くいちゃつくことはあっても、キスから先の行為に及んだことはなかった。だからエースは先ほどから何度も念押しをしてくる。しつこいほど尋ねられ、サンジは唇を尖らせた。
「大丈夫だって。こんな時間に誰が来るってんだよ」
せっかく気持ちがたかぶってたというのに、これでは興ざめだ。苛々とサンジは自分のスラックスからベルトを抜き取り、前を緩める。
自分から体を開いて見せたら、エースは信じてくれるだろうか? サンジが今、この場でエースに犯されたいと思っているということを、理解してくれるだろうか?
「ここでヤんのも悪くないけど……やっぱり部屋に戻ろうぜ」
耳元に息を吹き込みながら、エースが囁いた。それだけでサンジの体はカッと熱くなる。 「な…んで?」
思わせぶりに片足をエースの腰に絡めて、サンジは問う。どうしたらエースが陥落するかは、重々承知の上だ。
「俺が、他のヤツにお前のこういうところ、見せたくないんだよ」
フフッと笑ってエースが返した。
嫌になるくらい爽やかな笑みがなんだか腹立たしくて、サンジはエースの頬を軽く抓った。
「痛い」
咄嗟にエースが抗議の声をあげる。
「せっかくその気になってたのに」
子どものように頬を膨らせてサンジが呟く唇に、エースはチュ、とキスをした。
お楽しみは今少しお預けだと囁かれ、サンジの体が熱く疼いた。
部屋に戻るまでの間に何度か、キスをした。
今夜は月がオレンジのカボチャ色をしていて、絶好のハロウィン日和だった。
バラティエのスタッフたちに気づかれないようにこそこそと甲板を移動して、二人の部屋へとなんとか辿り着く。サンジはドアを開けるのももどかしいほどだった。
「トリック・オア・トリート?」
部屋に入る寸前に、エースが囁く。
サンジは顔をあげ、暗がりの中でエースの顔を見つめた。
「お前は、サンジ。何をくれる?」
尋ねられ、サンジは笑った。
ジャケットのポケットに手を突っ込み、中から蛍光オレンジの小さなパッケージを取り出す。カボチャの絵のついたコンドームの包みに、エースが呆れたような顔をする。
「思う存分喰わせてやる」
そう言ってサンジは、エースの体をぐい、と力任せに部屋に引き込んだ。
END
(H22.10.31)
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