夜風は生暖かくて、湿気を帯びていた。
明日は雨かもしれないなと、ゾロは顔を微かにしかめる。雨を含んだ空気のにおいが鼻先を掠めていく。
明日は晴れるのではなかったのかと、ほんの少し前の夕焼け空を思い返す。
歩き慣れた道をのんびりとした足取りで歩いた。
ジャケットのポケットに手を突っ込んで、時折、あたりの景色と幼い頃の記憶とを照らし合わせながら、歩いていく。マンションから丘へと続く道の途中にある商店街の景色はもう、ゾロの知っていた懐かしい街ではなくなってしまっている。知っているようで、知らない街だとゾロは思う。ほんの少し離れていただけだというのに。
道路工事が終わったばかりのアスファルトが足に心地よい。
背筋をピンと伸ばして前を向くと、小高い丘が見えてくる。
ことさらゆっくりとした歩調で、ゾロは丘に上がった。
夜の景色の中、丘の片隅でしだれ桜の花が仄白く闇に浮かんでいるように見える。
丘の上から街を見おろすと、いつもの風見鶏が見えた。湿った空気を運んでくる風に、風見鶏はもたもたと体を動かしかけ、止まってしまった。
「なんだ、疲れてんのか?」
声に出して呟いてから、ゾロは頭を軽く振った。
疲れているのは、自分のほうかもしれない。
久々の学校は、人が多くて気疲ればかりが先に立った。
自分の知らない学年の連中が、同級生になる。これから三年間、共に過ごすことになる仲間だ。
知らず知らずのうちに、溜息が出た。
はあぁ、と息を吐き出し、ゾロは芝生の上に腰を下ろした。ここから見おろす景色は昔とはずいぶんとかわってしまったが、あの風見鶏だけはかわらない。いつもあの場所で、気紛れな風に吹かれてくるくると回っている。
「気楽でいいな、お前は」
ポソリと呟いて、ゾロは芝生に寝転ぶ。目を閉じると、疲れていたのだろうか、すぐに眠気が襲ってきた。