「すげー、マリモ!」
大きな声をあげて飛び付いてきたのは、蜂蜜色の髪の、見たことのない子どもだった。
なんで知らないヤツに毬藻と言われなければならないのだと、むっとしてゾロは相手を自分の体から乱暴に突き放した。
自分が毬藻だと言うのなら、こいつは女みたいじゃないか。そう思った途端、口が勝手に動いていた。
「さわんな、おとこおんな!」
本当に、女の子かと思うぐらいに色の白い子だった。ゾロに飛びついてくる前に見せた柔らかな笑みは、無愛想で頑固なゾロとは違い、人当たりもよく、大人受けもよさそうだった。きっと周囲からも大切にされ、可愛がられているのだろう。
しかしそれらの印象が逆に、つい昨日まで一緒に過ごしていた従姉妹のくいなを思い出させて、知らず知らずのうちにきつい口調になってしまっていた。
「おとこのくせに、おんなみてえなかお!」
キーキーとゾロが喚き散らした瞬間、母親が怖い顔をしてゾロに近づいてきた。きっと、ゾロがこれ以上何かやらかさないように、叱るつもりなのだろう。が、それよりも早く、何かがゾロの体を突き飛ばしてきた。
自分が蹴られたのだということに気付いたのは、地面に尻餅をついてからのこと。腹に入った蹴りのせいで、呼吸をするのも辛いぐらいだ。
前日に降った雨のせいで、地面はほんのりと湿っていた。幸い、家から幼稚園までの道中、水たまりがひとつもなかったおかげでここまで靴を汚さずに来ることができたが、尻餅をついてはひとたまりもない。一張羅の靴も服も、一瞬にして茶色く汚れてしまった。
尻餅をついたまま顔を上げたゾロは、悔しさでいっぱいだった。
入園式のために用意したのだから汚さないようにしなさいと口うるさく言われていた一張羅を汚してしまった悲しさもあったが、それ以上に、女の子のような顔の見知らぬ子どもに跳び蹴りを食らわされ、尻餅をついてしまった自分に対する悔しさが、ゾロの中にじわりじわりとこみあげてきた。
この悔しさは、前日までのくいなの家でのお泊まりで嫌というほど感じていた悔しさに似ていた。
やられた分はやり返さないと気が済まないと立ち上がりかけたところで、母親に取り押さえられた。背後から、あの優しいいいにおいのする手に両肩を押さえつけられ、謝りたくもないのにごめんなさいを言いなさいと叱られた。
強情を張ってぷい、と明後日の方を向いて黙っていると、父親に拳骨で頭をコツンとやられ、そこでようやくゾロは、渋々ながら「ごめんなさい」と謝ったのだった。
喧嘩両成敗と言われればそれまでだったが、ゾロの中では、男のくせに女みたいな顔をした知らない子に負けてしまったような気がして、なんとも後味の悪い結果に終わってしまった。
最悪だと、ゾロは思った。
せっかくの入園式だったのに、とんでもない一日になってしまった。
帰りには両親にねだって、またくいなのところにお泊まりに行かせてもらえるように頼み込むつもりだった。その計画も、朝のこの一件で、無駄になってしまった。当分の間、剣道はお預けだと父親にはっきりと言い渡されてしまったのだ。
(あんなやつ、だいきらいだ!)
絶対に次は負けるもんかと、胸の中でこっそりと誓う。
この次は絶対に泣かせてやるのだと思いながら、両親から離れて一人、スタスタと家への帰路についたゾロだった。