エースが出汁巻きに箸をのばした途端、サンジがさりげなく重箱を手に取った。
「ほら、どんどん食えよ。せっかく高校に入学できたんだから、今日は俺の特製弁当で祝ってやる」
そう言ってサンジは、出汁巻きの入った重箱をゾロのほうへと差し出した。
屋上で昼食をとろうと提案したのは、サンジだ。再会を祝して弁当を用意するから三人で昼を食べようと言われたのが昨日のこと。以前とかわらぬ態度で喋りかけてくるサンジを見ていると、何故だかゾロの胸の奥、傷痕ではない部分が痛んだ。
「あ……」
食べられなかった出汁巻きを思い出して、ゾロの手がふと止まる。
「なんだよ、俺の手料理が食えねえ、ってのか?」
少しムッとしたようにサンジが尋ねるのに、ゾロはゆっくりとした動きで出汁巻きを取った。手づかみで取ると、しっとりとして柔らかな感触に指が濡れる。
あの日、前日に電話で『いつものとこで弁当食おうぜ』と誘われた時、サンジの様子がどことなく妙だったことにゾロは気付いていた。
その様子は、好きな女の子ができたという報告だったり、作った料理の出来栄えをゼフに予想以上に褒められた時だとか、そういった嬉しいことがあった時とはまた違った様子で、受話器を置いてからも何があったのだろうかとゾロは訝しんだほどだった。
あの事故の日、サンジがお別れを告げようとしていたことだけは、今ならわかる。病院のベッドの上で包帯だらけになったゾロに、ずいぶんと後になってから見舞いに訪れたエースが言っていた。サンジは引っ越したのだ、と。
それから後のことは、リハビリと勉強とに必死だったのであまりよく覚えていない。
とにかく、元の生活に一日も早く戻りたかった。
竹刀に触れることのできない自分など、死んだも同然だった。小学生時代に従姉のくいなが亡くなってしばらく竹刀を持つことができなくなったことがあるが、それ以上に喪失感が大きかった。元の生活に戻るまでは、恐くて恐くてたまらなかったのだ。
それに、と、ゾロは思う。
一年遅れで高校に入学したものの、まだ時折、胸の傷が痛むことがあった。
どちらかというと、骨折した腕のほうが当時は大きな怪我だと言われていた。折れた骨が皮膚を突き破り、術後、感染症を引き起こすかもしれないと散々言われた。しかし入院中のゾロを悩ませたのは、胸の切り傷だった。鉄骨の鋭く尖った先端が胸を切り裂き、大きな袈裟懸けの傷痕を残した、この、傷。縫合すればすぐに治るだろうと思われたこの傷は、入院中に何度も炎症を起こしてゾロを精神的に滅入らせた。一度など、炎症があまりにも酷く、縫合し直す必要があったほどだ。いまだに胸の傷が痛んだりひきつれるような感じがするのは、この時の記憶が残っているからかもしれないとゾロは思っている。
こうして日常生活が戻ってきても、事故の前の生活からはかわってしまった自分を、ひしひしと感じずにはいられない。
自分はもう、あの頃のように笑うこともできなくなってしまった。
出汁巻きのほんのりと甘い味を飲み込んで、ゾロはぼんやりと思った。