目が覚めたのは、何かが唇に触れたような感じがしたからだ。
目は、開けなかった。
眠ったふりをしてじっとしていると、唇に触れたものが、ゆっくりと口の端を撫でて、離れていった。
指だなと、ゾロは思う。
不意に、サンジの白くてすらりとした指先を思い出した。
一見すると柔らかそうに見えるその手は、ごつごつと骨張っていて、とても器用だ。言葉遣いは乱暴だが、指先の動きはいつも丁寧で、優しい。
消毒用石鹸のにおいが鼻をつき、この感触は、サンジのものだと確信した。
目を開けたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢をする。
指先が躊躇うようにゾロの唇をなぞり、すっと離れていく。と、同時に、サンジの気配も遠ざかっていく。
ああ、逃げられてしまった──そんな思いがゾロの中にわきあがってくる。頃合いを見て目を開けると、屋上のドアがパタンと音を立てて閉まるところだった。
「行っちまった……」
呟いて、ゆっくりと体を起こす。
胸のひきつれ感は薄まっていたが、それとは別の、正体不明の痛みが胸をジクジクと苛んでいた。
閉まったままのドアをちょっとの間、ゾロは眺めていた。気がすむと、上着のポケットから携帯を取り出し、登録してある番号を押した。
「おう、兄ちゃんか? どうした?」
コール一回で、相手は電話に出てくれた。
「悪り……今日、バイト行けそうにねえ」
高校入学と同時に決めたバイト先は、事故のことをよく知るロビンの婚約者の職場だった。なかなかのやり手で、個人で引っ越し業を営んでいる。一日出勤するとなかいい金額をもらうことができるのだが、調子が悪い時は休ませてもらうことができた。事情を知ってゾロの体調を優先してくれるのは有り難かったが、ここでも自分は甘やかされていると思わずにはいられない。
「大事にしろよ」
そう言って電話は切れた。
あれこれと詮索をしないフランキーに、ゾロは感謝した。