結局、その日の午後は授業に出ることもせず、屋上で始終うとうとしていたゾロだった。
気付いたらオレンジ色の綺麗な夕焼けに、屋上のコンクリートがほんのりと赤らんでいた。
「やべ……」
慌てて起きあがると、上着についた砂を払い落とす。
校庭のほうから、クラブ活動をしている生徒たちの声が聞こえてきている。事故に遭わなければ自分は間違いなく剣道部に入部していた。再び竹刀を手にすることができるようになったが、どうしても胸の傷痕を庇ってしまうことにゾロが気付いたのは、つい先日、入学式の前日のことだ。
相手の竹刀が振り下ろされ、突き出された瞬間、胸の傷痕がひきつれるような痛みを訴えた。
ダメだとゾロは思った。
振り下ろされた竹刀が鉄骨に見えて、体が固まってしまうことも改めて認識し直した。
自分には竹刀を持つことはできても、事故前のような鋭い太刀筋で相手の懐に飛び込んでいくことはできなくなったのだ。時間が経てば、もしかしたら治るものなのかもしれない。しかし今の自分では、無理だということをゾロは理解している。
もう、笑うことなどできない。何もなかった頃のように、無邪気に笑うことなど、今のゾロにはできないのだ。
無意識のうちにゾロは、唇を触っていた。
サンジの指先の感触が懐かしく思えるのは何故だろう。消毒液の鼻にツンとくるにおいですら、今は懐かしく感じられた。
ふと、夏の日の記憶が蘇ってきた。
縁側でうたた寝をする小学生のサンジの唇に、一度だけ、キスをした。あの夏の日の思い出が脳裏に蘇り、途端、ゾロの心臓がドキドキと脈打ちはじめる。
「そういや、あれがファーストキス……か?」
気付かれないように、こっそりとキスをした。まだ、この気持ちがなんなのか、あの頃の自分にはわからなかった。それでも、サンジに気付かれたら顔を合わせ辛くなるのだということだけはわかっていたらしい。
あの頃の二人は、毎日のように互いの家を行き来していた。ゾロの両親も健在だった。世界は、自分たちを中心に回っているような感じがしたものだ。
「もういっぺん、キスしてえ」
ポソリと呟いて、ゾロは、教室へと続くドアのほうへと向かう。サンジにキスをしたなら、何かがかわるような気がしてならなかった。
暗くなりかけた空には、一番星が白く淡く輝いている。
屋上のドアを閉めようとして、ふと、空に目をやった。ちょうど、穏やかな風に吹かれて、風見鶏がくるんと体を動かすのが見えたところだった。