学校から帰ってくると、ただいまの挨拶もそこそこに、ゾロは家を飛び出していく。
最近のゾロは週に四日、隣町の道場で剣道の練習をしている。そうでない日は、宿題だけを小さなカバンにつめこんでサンジの家へ出かけていく。
サンジと遊ぶ時は、まずはどちらかの家で宿題をしてからと決まっていた。そうでなければゾロが宿題をしないからと、少し前にサンジに宣言されてしまったからだ。
小生意気だった幼稚園児は、いつの間にか小学四年生になっていた。
ゾロは剣道、サンジは料理に夢中だったが、二人とも気が合うらしく、気がつくとたいてい一緒にいた。同じクラスになったことはまだないが、二人とも次こそはと思っている。
サンジと一緒にいると、楽しかった。
大きくなったらジジィの店に自分が作ったケーキを置いてもらうのだと一生懸命に将来の夢を語るサンジの瞳はキラキラとしていて、何よりも輝いて見えた。
剣道で強くなりたいゾロのために、サンジがお弁当を作ってくれることもあった。初めての試合の時に弁当をねだったら、試合の前日の夕飯時にサンジの手作り弁当が差し入れられた。もちろん、ゾロのお気に入りのほんのり甘い出汁巻きも入っていた。以来、試合の前になるとサンジの手作り弁当がゾロの元に差し入れられている。優しい色合いをした黄色い出汁巻きを食べると、不思議とゾロは強くなれるような気がした。道場に通いだしてからのゾロが負け知らずなのはきっと、サンジの出汁巻きのおかげだ。そう、ゾロは思っている。
出汁巻き、カボチャの煮物、鯖の味噌煮。どれもゾロが幼い頃からの好物だったが、母親の作る料理よりもゾロは、サンジが作ってくれる少し形の崩れたお弁当のほうが好きだった。
まだまだ修行中と言うだけあって形は今ひとつだったが、味は、悪くない。
母親の料理はしっかりとした濃い味付けだったが、サンジの料理は出汁の利いたあっさりとした薄味だった。上品な味は、サンジの白くて小さな手を思わせる。しょっちゅう怒ってばかりいるゾロの母親とは違い、サンジの母は優しそうで綺麗な人だ。ゾロが遊びに行くと、いつも笑顔で出迎えてくれる。そんなお母さんのいる家の子どもだからきっと、サンジの料理は上品な味付けの料理になるのだろうとゾロは密かに思っている。
そう言えば、出汁巻きの味に惹かれて『ヨメにもらってやる』宣言をしたのは二年の時のことだ。
あの頃は、男同士では結婚はできないということをゾロは知らなかった。ただ単に、サンジと一緒にいればおいしい料理が毎日食べられると、そんな安易なことを考えての言葉だった。あの時の言葉をサンジは覚えているだろうか? あの時のことを喋ることは一度としてなかったが、サンジは、忘れてしまったのだろうか? もしそうなら、少し寂しい気がする。口に出して言うことはなかったが、ゾロは、サンジのことが好きだった。幼馴染みで親友で、いつまでも一緒にいたいと思う、唯一の相手だ。
そういうのを『運命の人』と言うのだと、くいなが教えてくれた。
大切にしなさいとも、言われた。
従姉のくいなが言うことはたいてい小難しくて、ゾロには理解できないことのほうが多かった。サンジならきっと、くいなの言っていることの意味を理解することができたかもしれない。
大切にするというのは、どういうことなのだろう。
自宅の二階にあがるとゾロは、部屋の裏手にあるベランダから顔を出した。
少し冷たい風が緑色の短髪の間をさわさわと駆け抜けていく感覚が、心地よい。
「あ、風見鶏」
頭だけ突き出して、向こうのほうの風見鶏をじっと眺める。
風が吹くと風見鶏は、勢いよくくるんと体を動かして回転する。いつまでも風見鶏は体を動かしていた。
しばらく風見鶏を眺めていたゾロだったが、食後の眠気に誘われて、ついうとうとと寝入ってしまった。
宿題は明日の朝、家を出る前にやればいい。
そんな考えがちらりと、ゾロの頭の隅っこを掠めていく。