心が凍りついてしまったような感じがした。
両親の亡骸を前にして、ゾロは泣くことができなかった。
何も、感じることができない。ただじっと佇んで、啜り泣く叔父夫婦の姿を眺めることしかできない。
両親の顔は、こわくて見ることができなかった。くいなの時のように知らない間にいなくなってしまっていたのなら、どんなにかよかっただろう。
遺体の確認は叔父夫婦がした。叔母はゾロに、両親に最後の挨拶をするようにとは言わなかった。言えなかったのだ。事故のせいで遺体の損傷は激しく、子どもには見せられたものではないと叔母は思ったのだ。
これから、どうしたらいいのだろう。
両親に最後の挨拶をしたいと思いながらも、気持ちの突然のことで整理がつかず、ゾロは棺に近づくことすらできなかった。
どうしたものかと迷っていると、叔母の手が、ゾロの頭に置かれた。母親と同じにおいに、ふと、気が緩みそうになる。
「ゾロ。私たちこれから、家族になりましょう」
その言葉に頷いていいものかどうか、ゾロは逡巡した。
自分の両親は、目の前の棺に横たわった二人しか考えられない。それと同様に、叔父夫婦の子どもはくいな以外には考えられないはずだ。お互いに欠けてしまった部分を補い合うように、そんなに簡単に家族になることができるのだろうか。
「ゆっくり考えてくれればいいからね」
そう言った叔母の言葉に、ゾロはやっぱり無理だと思った。
自分は、亡くなった両親以外を親と思うことはできないし、この人たちの子どもはくいな以外に考えることができない。
大人の事情があることは何となく理解することができるような気がしたが、聞き分けのいい子どもを演じることは、自分には無理なような気がした。
叔父夫婦の言葉に、嘘はない。しかしゾロには、大好きな叔父夫婦と嘘の家族ごっこをする気はさらさらなかった。自分の両親がいなくなったからといって、くいなを亡くした彼らの子どもになるわけにはいかないのだ。
「俺……」
握り拳にぎゅっと力を入れて、ゾロは口を開いた。
「俺、叔父さんちの子にはならねえから」
言いながらゾロは、自分が両親と暮らしたあの家に戻ることはもう二度とないのだと、索漠と感じていた。小学生のゾロが一人で生きていくには無理がある。だからこれからは叔父夫婦の世話になるのだ、とも。
「ゾロ……」
物わかりのいい叔父夫婦は、何も言わなかった。
ゾロも、その夜はもう、誰とも口をきかなかった。
家を離れる前に、サンジとよく遊びに行った風見鶏をもう一度見に行きたいと思ったが、それも叶わなかった。
夜の間にゾロは、叔父と二人で両親と暮らした家に行った。当面のゾロの身の回りのものを、叔父の家に持っていくためだ。
荷物は少なく、両親との思い出は胸の中に溢れかえるほどだったが、悲しいという感情をゾロが表に出すことはなかった。
作業は淡々と、しかし呆気ないほど早く終わった。
ゾロは自分の荷物といくらかの思い出の品をまとめると、叔父と二人して車の後ろに積み込んだ。
「本当にこれだけでいいのかい?」
尋ねられ、ゾロは小さく頷いた。黙って車のシートに乗り込むと、叔父もそれ以上は何も言わず、運転席に座りシートベルトをした。
ハンドルを切る叔父の手つきをゾロは、じっと眺める。
見知った町並は夜のせいか、まるで知らない町のようだ。
ゆっくりと走りはじめた車の向こうに風見鶏の丘へと続く道が見えてくると、ゾロは我知らずガラス越しに道の向こうに続く丘を見ようとした。夜の暗さのせいで、何も見えない。窓を開けて暗闇に目を凝らしたが、風見鶏はどこにも見えなかった。
──サンジに、何も言えなかった。
シートに座り直したゾロは、口の中で呟いた。
こんな時、サンジなら、どうするだろう。何も言わずにただ黙って一緒にいてくれるだろうか。それとも、世話焼きのサンジのことだから、ゾロにあれこれと喋りかけてくれるだろうか。
何故だか今、無性にサンジに会いたいとゾロは思った。
自分の気持ちを素直に吐き出せる相手はサンジしかいない。そう思うと、このまま黙って離れてしまうことがひどく忍びない。
もう一度、窓を開けて、外へ顔を出した。
頬にあたる風は湿り気を帯びて、生暖かい。
「──…サンジ!」
サンジの家の方角に向かって一度だけ、名前を呼んだ。
何も言わずに行ってしまうことを決めた自分に対するケジメのようなものだと、後になってゾロは思った。
翌日、叔父の家から両親の葬式を出してもらった。
ゾロは叔父夫婦の養子となり、両親と過ごしたあの家は、ゾロが成人するまで叔父夫婦の預かるところとなった。
帰る家は、まだ残っている。
火葬場の線香くさいにおいに小さく顔をしかめると、ゾロは唇をギリリと噛んだ。
いつか心の底から笑うことのできる日がきたら、風見鶏の丘でサンジに、たくさんのことを話したい。
冷たく湿っぽい風が吹いて、ゾロの頬をするりとなぞっていく。
寒かった。こんな時だというのに、サンジの顔がちらついて、離れない。握りしめた両の拳にさらに力を込めると、ゾロは眉間に皺を寄せた。
少し前からしとしとと降り出した小雨は容赦なくゾロの体温を奪い取っていった。