「ふざけんなよクソマリモ!」
サンジはひとり風見鶏の見える丘で膝を抱えてうずくまっていた。
十一月十一日、ゾロの誕生日にケーキを焼いた。スポンジを重ね苺をはさみ生クリームをのばした。出来上がった十二センチホールの小さなそれを宝物のように感じた。はやくこれを見たゾロの反応を知りたい。あの無愛想な幼なじみの頬がゆるむのを見たい。そんな自分のほうがゆるんだ表情をしているなど、サンジは知らなかった。
ゾロの誕生日当日、幼なじみは学校へ来なかった。理由を尋ねた彼の担任からはお休みだとしか言われなくて、帰りに直接家へ寄った。何度押しても空しく響くだけのインターフォン。いるはずの部屋にはカーテンが引かれている。窓に小石を投げるが何の反応もない。暗くなるまで門のそばに座っていたが、結局誰も帰ってはこなかった。
その夜、夕飯のあとに母親から聞いた。昨夜、ゾロの両親が事故で亡くなり、彼は親戚に引き取られていた。こういうことは噂になるからと、学校でいたずらに知ってしまうのを考慮した母親の気遣いだった。確かに親友がそんな状況になっていたなど学校で聞きたくなかった。昨日の今日で自分に連絡を取るような心境でもないだろう。彼は両親を失くしてしまったのだ。誕生日という祝われる日に大切な人たちを奪われてしまった。
サンジは泣きたくなった。遊びに行くと自分を可愛がってくれたおじさんやおばさんが亡くなったことよりも、おそらくそれでも声もあげずに、泣くことすらできない幼なじみを思うと悲しくて仕方なかった。だけれど、ゾロが泣いてないのなら、自分だって泣くわけにはいかない。一番辛いのは彼なのだ。
それからサンジはゾロからの連絡を待った。引越し先の住所や電話番号を知らないから、こちらからは待つしかなかった。声を聞きたい。変に励ますつもりはないし、会話なんてないかもしれないけれど、それでも自分はずっとそばにいると知ってほしかった。
(俺があんな夢見たからだ)
以前、うたた寝をした時の悪夢を思い出した。胸に大きな傷を負い、血の海に飲まれていく彼を助けられなかった。ゾロはサンジが困っているといつも助けてくれたのに、自分はなにもできずに立ち尽くすばかりだ。
「ゾロ…たのむから電話しろよ…」
けれど祈るような願いが届くことはなかった。
サンジはあれからほぼ毎日のように風見鶏の見える丘へ足を運んだ。
もしかしたら会えるかもしれないと期待して、いつも裏切られていた。
いなくなってしまった晩秋から凍えるような冬を越えて、もう寒さが和らいできている。いつもと同じように丘へ登り風見鶏を見下ろしていた。
あの風見鶏に誓ったことを、やっぱりゾロは忘れてしまったに違いない。悪夢の日、幼なじみに確かめようとしてできなかった問いは、答えを聞かなくても分かりきっているように思えた。約束など覚えてないのだ。そもそも、約束とすら思ってない可能性も十分にある。言えば、ああ見えて優しいから約束として守ろうとするだろう。けれど強制は嫌だ。同じように思っていてくれなくては意味がなかったのだ。
「サーンジ」
膝に顔を埋めていたサンジは勢いよく振り向いた。いつの間にか夕日がすっぽりと丘を包んでどこもかしこも色を変えてしまっている。急いで見上げた先にはクラスメイトの少年がいた。彼のくせの強い黒髪から足の先まで細いオレンジのラインで縁取られている。笑って隣に腰をおろす彼に、サンジはため息をついた。
「なんだ、エースか」
「帰んねえの?」
「…まだいる」
「そっか」
エースが来て、少し心が弛んでしまった。彼もまた幼稚園から一緒だ。弟がいるせいか同い年にもかかわらず大人びていて、とても頼りになった。おそらく彼はサンジが頻繁にここを訪れているのを気づいている。その理由も知っているのだろう。
そんな彼に弱音を吐きたくなった。泣き言を聞いてほしかった。でもそれすらできない。きっとエースはそういうのを全部分かって、何も言わずにそばにいてくれている。
しばらくふたりで並んでいたが、辺りはだんだんと夜へと姿を変えはじめる。冬が終わったとはいえ三月はまだまだ肌寒い。冷たい風が首筋を通り抜け、サンジはくしゃみをした。
「もう帰ろう?」
首をふるサンジの頭に手を置いたエースは彼の弟にするように優しく笑った。
「だって今日、サンジの誕生日なんだぜ。おじさんもおばさんも待ってる」
彼に引っ張られ、のろのろと立ち上がった。繋がれた手が温かくて、サンジは胸に痛みを覚えた。
もしかしたら、今日なら来るかもしれないと期待していた。毎年毎年、うるさく自分の誕生日を話していた。プレゼントを欲しかったわけじゃない。会えればそれだけで良かった。会って、連絡を寄越さなかった文句を言い、それでいつも通りだと、そうなればいいと願っていた。
帰るための足を止めた自分をエースが振りかえった。サンジは手をほどいて、また来たほうへと走った。後ろで名前を呼ばれるが構わなかった。
いつもの場所に立つと、薄い藍色の中で風に身をまかせ、くるくると回る風見鶏がいた。それは目をはなすとすぐにいなくなってしまうゾロのようだ。自分ばかりがいつも必死に追っている。気のむくままに行く彼を見失わないようにと。
「サンジ、みんな心配してる」
そっと手を取られる。自分より背の高いエースを見上げると、腹がへったと肩を竦めた。温かく包んでくれるその手を握りかえした。
「帰ろっか」
いつまでも立ち止まってはいられない。来ない人物を思って、ずっと悲しんだままでは周りに心配をかけるばかりだ。自分の気持ちにけじめを着けなければならないときが来たのかもしれない。
「もう大丈夫だ」
それはエースにではなく、自身に言い聞かせた言葉。なにが大丈夫かなんて自分でも分からない。ただ、そうやって無理やりに納得してでもいまの状況から脱出したかった。あいつが知らぬ間にうんと大人になって見返してやるのだと、自らを奮い立たせる。
「次に会ったら覚えとけよ、マリモンめ」
「ん?なに?」
「独り言!」
元気になった様子のサンジに安心したエースが走り出した。
「先にサンジんちに行ってケーキ食ってるなー!」
「俺のバースデーケーキだぞ!」
きっと祖父がいつものように作ってくれているだろう。尊敬する彼のケーキはとびきり美味しい。ゾロのために作ったイチゴケーキを思い浮かべた。いつかまた、もっと腕をあげて、今度こそ食べてもらうのだ。
サンジは先に街へ続く階段をおりるエースを追って駆け出した。