電車の中から、懐かしい顔を見つけた。
列車がホームに停車する瞬間に、ドアの向こうに立ち尽くした懐かしいヒヨコ頭がゾロの目に飛び込んできた。見間違うはずがない。向こうはまだ気付いていないようだが、絶対にあれはサンジだと確信した。
どんな顔をして会えばいいのかわからなかったから、ドアが開く寸前にわざと目を閉じて知らん顔をする。自分のほうから声をかけるだけの勇気は、ゾロにはなかった。
気付いて、ほしい。
しかし気付かれたくもない。
あの日、別れの言葉を口にする余裕もなく、黙ってさよならをしてしまった自分には分の悪すぎる再会だ。このまま向こうも気付かずにやり過ごしてくれたらいいのにと一瞬、ゾロは思った。そうすれば、何もなかったことにして、また、味気ない日常に戻ることができるだろう。今ならまだ、耐えられる。サンジのいない生活は味気ないが、やりきれないほどの辛さを感じることはまだ、ない。
ドアが開く。
目を閉じてても、彼の気配が近づいてくるのが感じられる。
ムッとした外気と共に列車に乗り込んでくるのは、身長も伸びて一回り成長したサンジだった。中学生になったサンジは柔らかだった頬の輪郭もシャープになり、少年らしさが表に出てきている。細っこいのは相変わらずだったが、子どもっぽさが抜けて、あの頃よりも大人びて見える。
重箱の包みを手に提げたサンジは電車に乗り込むなり、真っ直ぐにゾロを見据えた。
「ゾロ……!」
声をかけてきたのは向こうが先だったが、見つけたのはゾロが先だ。
嬉しいと思うと同時に、苦しくもあった。サンジが嬉しそうな顔をすればするほど、サンジの気持ちを裏切ってしまった自分が嫌になってくる。また裏切ってしまうのではないか。約束を違えてしまうのではないか。そんな思いが胸の内に居座ってしまい、ゾロは、すぐには笑うことができなかった。
別れ際に、せがまれるままに叔父夫婦の連絡先を教えた。
汚い字で走り書きをしたメモを渡すと、かわりにタッパーをひとつ、押しつけられた。
また、サンジとの日々が始まるのだろうか。
笑って、走って、叫んで、騒いで、吠えて、楽しいばかりの日々が戻ってくるのだろうか。
今の生活は、味気ない。叔父夫婦は親身になってゾロのことを気にかけてくれる。両親が生きていたらそうしてくれるだろうものを、彼らは惜しみなく与えてくれる。それでも、サンジのいない生活はどこか物足りない。剣道一筋の日々は楽しかったがくいなとの約束に縛られていたし、このところ、生きているという実感が薄くなってきているようだった。
たったの一駅だけだったが、サンジと会えて、言葉を交わすことができて、ゾロは久しぶりに生きている自分を感じることができた。心の底から信頼できる相手に出会えて、一年と少しぶりにホッと気が緩んだような感じがする。
サンジと別れて改札を出ると、駅前の植え込みではうるさいほどにセミが鳴いていた。
「あちぃ……」
呟いて、額の汗を腕で拭う。
流れ落ちる背中の汗で、シャツがぺたりと肌にへばりついて気持ちが悪い。
しばらく駅前でじっと佇んでいたが、そのうち、補講なんてやってられるかと、くるりと体の向きをかえ、また改札に戻った。
切符を買って電車に乗ると、やってきたのとは反対側のホームへと向かう。サンジと同じようにゾロも制服を着ていたが、夏休み中だからだろうか、誰も中学生のゾロに気を払わない。
これ幸いとばかりに、途中で電車を乗り継いで、学校とは違う方向へと向かいだす。
向かった先は、風見鶏の丘だった。
からりと晴れた空の向こうから吹きつけてくる風は、汗ばんだ体を通り抜け、風見鶏の丘へとゾロを誘っている。
桜はもう咲いていないが、この時期、風見鶏の丘の風はひんやりとした小川の冷気を含んで涼しいはずだ。
のんびりと歩き出すと、風がゾロの体にまとわりついてくるような感じがした。
懐かしい風景を舐めるようにじっくりと眺めながら、歩いていく。道の向こうに、見慣れた風見鶏の姿が見えてくる。どっしりと構えたその鉄の鶏は、ふてぶてしくも風と戯れてくるんとひとつ、回転した。
しばらくぶりの風見鶏に、ゾロの胸の鼓動はドキンとひとつ、高鳴った。