中学二年の二学期は駆け足で過ぎていった。剣道と学校行事に明け暮れてようやく冬休みを迎えたような感じだった。教室で授業を受けた覚えがほとんどないのは、試合と行事のない通常授業の日にはたいてい居眠りをしていたからだ。
それ以上に慌ただしい三学期が終わり春休みがやってくると、ゾロは中学生活最後の大会に向けていっそう剣道にのめり込んでいくようになった。
試合に出れば、他校ながらもサンジができる限り応援に駆けつけようとしてくれた。
サンジが来てくれるのだと思うと純粋に嬉しかったし、頑張ろうという気になった。しかしそういった浮かれた気分は、エースの姿が視界に入ると途端にしぼんでしまうのがいつものパターンとなっていた。
そう。サンジはいつも、エースを連れて応援にやってきた。
二人の仲の良さが、羨ましかった。
自分が間に割って入ることのできない、特別な雰囲気を二人は持っていた。同じ学校に通っているからだろうか。いいや、そうではない。エースとサンジは幼稚園の頃から仲が良かった。ゾロが一人でぽつねんとしている時に、サンジはエースや年下のルフィと一緒に園庭で仲良く遊んでいたのを覚えている。きっとあの頃からサンジは、エースのことを特別視していたのだろう。
ゾロとサンジのつきあいは、幼稚園から続いている。自分たちは幼稚園からの親友だとサンジはよく口にしていた。確かにそうかもしれない。しかしゾロは転校してしまったのだ。ずっと一緒にいようと約束をしたというのに、その約束を破ってしまった自分には、もう、サンジの親友に戻ることはできない。それにゾロは、サンジの親友に戻りたいとは思ってもいなかった。もっと別の存在──もっと親密で、近しい存在になりたいと、ゾロは思っていた。
どうせ無理だと、胸の片隅で、もう一人の自分が嘲笑っているような気がする。
約束を破った自分には、サンジのそばにいる資格もないのだと言われているような気がして、いつも一歩退いたような接し方になってしまう。
これがエースだったなら、そんなことは思わない。エースのあの無遠慮さは好きではないが、肩肘を張る必要がないぶん、つきあいはもっと気楽なものだった。親友ではない。親友に近い位置ではあるが、どちらかというと悪友といったほうがいいかもしれない。
このところのゾロは、再会してからのサンジがエースと一緒にいて楽しそうにしているのを見るのが辛かった。幼稚園の頃、園の裏庭にある一本樫木の下で約束したことを、今でもゾロははっきりと覚えている。大きくなってもずっと一緒にいようと指切りをした。他愛のない約束だ。
あの約束を、サンジは今も覚えているだろうか? 覚えていて、ゾロに裏切られたと思っているだろうか? ずっと一緒にいたいと、今もまだ、サンジは思ってくれているだろうか?
道場の床に寝転んだまま、はあぁ、とゾロは溜息をつく。
ここ最近は特に、今ひとつ練習に身が入らない状態だ。春の大会は何とか勝つことができた。今度の夏の大会は中学最後の試合になるから、いっそう気を引き締めなければならないはずだというのに、気持ちが定まらない。
どうしたものかと、道場の天井を見上げては溜息をついている自分がいる。
そうやってボンヤリとしていると、小さな頃の記憶がポツリポツリと頭の中に浮かび上がってくる。風見鶏の丘でサンジとお弁当を食べたこと、一緒に市民プールへ出かけたこと、こたつの中に潜ってみかんを食べたら次の日に手が黄色くなっていたこと。いつも一緒にいたから、いつか離ればなれになる日がくるだろうとは思ってもいなかったこと。
道場の天井は空の色を思わせる色はどこにもなかったが、張り詰めた空気は風見鶏の丘の澄んだ空気とどこか似ていた。
目を閉じると、風見鶏の丘の景色がまぶたの裏に浮かび上がってくる。
川からの風はひんやりとして、きっと爽やかだろう。風につられて顔をあげると、風見鶏が気紛れにくるりくるりと回っているはずだ。しだれ桜の枝が風に揺らいぐのを見ているとつい眠気がして、大あくびをする。いつもゾロの横に座っているサンジは、好奇心いっぱいに目を見開いて、風見鶏が体の向きを変えるのを眺めている。サンジは、寡黙なゾロの分までもフォローするつもりだったのか、よく喋った。学校のことや将来の夢だけでなく、いろんなことを話した。風見鶏の丘にいる間はのんびりと時間が流れて、ゾロはいつも、そんなサンジをちらちらと横目で眺めていた。それだけで、幸せだった。
試合に駆けつけてくれるサンジの顔を思い出した途端、エースの顔までも思い出してしまった。そばかすだらけの人懐こそうな顔が、サンジの隣で笑っている。その場所はゾロの場所ではないのだと言わんばかりに、当たり前のような顔をしたエースがサンジの隣に立っている。
お前の居場所などないのだと、ふと、そんなふうに言われたような気がした。
誰に言われたわけでもない。
そんな声がどこかで聞こえたような気がして、ゾロは慌てて飛び起きた。キョロキョロとあたりを見回してみるが、しんと静まりかえった道場には誰もいなかった。