やわらかな陽射しが降り注ぎ、辺りにゆっくりと春色を運ぶ。温かい雨が地上を濡らし、芽吹きを促す。凍えるような寒さは終わり、季節は確実に移り変わっていった。
卒業式を間近に控え、校内はどことなく浮き足立っている。直接関係のないサンジもそれは例外ではない。
ゾロに告白をした。それは予想通り報われなかった。男同士であるし、幼い頃から隣にいたのは親友としてだ。なにより、彼はエースに想いを寄せている。
はじめての失恋は好きだった時間に比例するようにショックが大きくて、サンジ自身、ずいぶん永らく封印していた涙を流した。自分の恋が終わったらゾロとエースを応援するつもりだったが、そうできるまでには時間がかかるだろうと思った。
ゾロに告白の仕切り直しを宣言されたとき、頭が追いつかずに、それに対し問うこともできなかった。告白に点数などつけて、と思い出すと腹がたつ。妙に上からの目線であったし、なによりサンジの気持ちなどお構いなしにキスをされた。
そこまで思考が進み、何を考えているんだ、とまた彼に憤慨する。学校の、それも階段の踊り場で、誰が来るともわからないような場所。階段の段差のためこちらを見上げてくる瞳がフラッシュバックする。触れてくる唇を思い出して、指先で自らのそれに触れる。カっと熱くなる頬にますます気持ちを煽られる。それから慌てて頭をふる。いきなりあんなことをされて自分は怒っているのだ。
あれはどういう意味だったのだろう。相手はゾロだ。嫌いな人間にしないのは確かだ。なら、特別な想いがなくてもできるものだろうか。自分なら嫌だ。それはゾロも同じではないか?そうすると、彼は自分を好きなのか。いやまさか、そんな都合のいい話があるわけない、とサンジの頭の中は忙しなく様々な思いが渦巻く。
ああでもないこうでもないと悩んでいるサンジを、エースは興味深そうに眺めた。渡り廊下の真ん中で、しゃがんで頭を抱えている彼は耳まで真っ赤だ。こちらに気づく様子もない。
「サンジー?どした?」
聞き慣れた声にドキリと心臓が鳴った。一メートルほど離れた正面に、両手をポケットに入れたまま、首を傾げる感じで上半身を横に倒しているエースがいた。
サンジは大事なことを失念していた。自分に手一杯で、彼への報告をすっかり怠っていた。そもそも告白できたのはエースのおかげだ。彼に背中を押されなければ、いつまでたってもウジウジと悩んでいたはずだ。
ゾロとエースが両想いだと思っていたサンジはせめて気持ちだけでも告げたいと、彼らが想いを確認しあう前に告白した。それがいま、サンジはゾロから告白のやり直しを告げられ、あまつさえキスまでしてしまった。そんなつもりはちっともなかったのに抜け駆けした気になる。エースには正直に伝えなければならない。
「エース、話がある」
強張った様子のサンジに内心、苦笑をもらし、エースはおどけて聞いた。
「それって良い話?悪い話?」
二人はお決まりである駅前のファーストフード店に来ていた。丸い仕様のボックス席で向かい合い、サンジはジンジャーエールを、エースはダブルバーガーのLセットをテーブルに置いた。
道路に面しているガラスはしとしと落ちる雨粒で視界から外の景色を奪ってしまっている。その湿気が決意まで湿らせてしまいそうだ。
全部打ち明けるつもりだが、その結果どう思われるか、エースと幼なじみで親友のままいられるのか、それが不安でたまらない。彼に嫌われてしまったら悲しい。けれど隠したままも嫌だ。どんな答えになっても、それを受け入れる心の準備をしておかなければならない。
エースの長い指がハンバーガーの包装をはがして、バンズを開く。そこへ貰ってきたケチャップをたっぷりつけ、もう一度はさむ。手慣れた動作で食べやすいように包装紙でくるみなおし、大きく口を開けた。美味しそうに咀嚼していく姿を見ると、先ほどまでの張りつめた気持ちが和んでいく。こういう時、エースの凄さを感じずにはいられない。サンジは決心して切り出した。
「前に好きなやつの話しただろ…あれ、ゾロなんだ」
口がいっぱいだからだろうか、何も言わない彼に、鼓動が速くなる。じっとこちらを見据える真っ黒な瞳にいまにも怖じ気づきそうだ。サンジは一呼吸おいて、それをなんとか振り払った。
「フラれたって言ったのもゾロにだ」
「………」
やはりエースにしたら面白くないだろう。応援してくれたのだって相手を知らなかったからだ。だが彼とライバルになってしまっても、ゾロを諦めようとは思わない。エースは魅力的だし、きっと楽しい付き合いができる。
けれど、自分にだっていいところはある、とサンジは自身に言い聞かせる。己れを卑下してばかりではおそらくゾロは振り向いてくれない。逃げるのは楽だけれど、何も生み出さない。エースがなんと答えようと、それを受け止めたいし、そうするべきなのだ。
「エース」
返事のない幼なじみに焦れて、名前を呼んだが、緊張していたせいで声が大きくなった。呼ばれた彼は紙ナプキンで口まわりと手をぬぐい、セットのコーラを一口飲んだ。
「知ってたよ、サンジがゾロ好きなの」
「え?」
「フラれたんだろ?それでもう諦めんのか?」
予期せぬ展開というわけではなかったが、実際にその場面になるとサンジは動揺した。そういえば以前、彼と好きな人の話をしたのもこの店だったことを思い出す。
渇いた口内をジンジャーエールで濡らし、さっきから何度も揺らぎそうになる決意を口にした。
「諦めない。ずっと好きだったんだ、そんな簡単に諦めらんねえよ」
「そうこなくっちゃ」
にこやかな彼の態度からは想像した最悪な場面を匂わせることは微塵も感じられない。勝手に怒ったり見捨てられると予想していた。冷静に考えればエースはどんなときも味方でいてくれた。辛いとき、いつもそばにいてくれた。ゾロが居なくなり落ち込んだときも、立ち直れたのは彼のおかげだった。サンジはガバッと頭をさげた。
「ごめん、おまえのこと誤解してた。こんなこと言ったら嫌われてもしょうがないって。ありがとう、すげえ感謝してる」
「おおげさすぎ!これくらいで嫌うような仲じゃないだろ?それに俺の好きなやつも男だし」
エースの告白にサンジは頷いた。これでやっとスタートラインに並んだのだ。
「俺たち、ライバルだな」
その発言にエースは飲んでいたコーラを噴き出した。サンジはというと、照れくさそうに頬を掻いている。恐る恐る、エースは訊ねた。
「ええと…なんで?」
「なにが?」
きょとんと首をかしげるサンジ。エースもつられて首を傾げた。
「なんでライバル?」
「や、だって…好きな人おなじだろ」
「え?だれ??」
「だ、だから!俺ら、ゾ……ゾロ、好きじゃん」
改めて口に出すとかなり恥ずかしく、サンジは手の甲で顔を隠した。わざわざ言わせるな、と照れ隠しに憤慨している彼には、エースの大きなため息は聞こえなかった。
「むしろゾロと俺がライバルだっての」
ぼそりと呟かれた内容が分からず聞き返すも、疲れたように笑って首を振られてしまった。それからエースはテーブルに片肘をついて、なんとも言えない表情をした。
「俺の好きな人、ゾロじゃないから」
「は?マジで?」
「うん」
「ゾロじゃねえの!?」
「てかなんでゾロ?」
「だって俺から言わせれば、おまえらって相思相愛だったし」
「勘弁してよーサンちゃん、それ一番有り得ないから!それにもう失恋してるしね」
「そう、なんだ」
思わぬ事実に、まるで我が事のように項垂れた。たしかに本人が成就ゼロパーセントだと言ってはいたが、やはりショックだ。
エースはいい男だ。勉強はできるしスポーツも万能、そのうえ優しいし面白いしパーフェクトだ。女の子の人気も高い。幼なじみで親友の自分が言うのだから間違いない。そんな彼でも、同性相手の恋は難しかったのだろう。
「いつ告白したんだ?」
「してない。相手がずっと好きだった奴と上手くいきそうなんだよ」
「気持ち伝えなくていいのか?後悔しねえの?」
「うーん、優しい奴だから告ったら困らせるの分かってるし。それに俺から見てもお似合いなんだよなあ、そいつら」
そういうエースのほうが優しいと思った。優しすぎて、胸が痛くなる。
黙ってしまったサンジを気遣ってか、エースは彼の頭にぽんと手をおき、「で、おまえはどうなんだ?」と悪戯な瞳を覗かせた。サンジとしてはエースの好きな相手がゾロではないと分かったから、ここのところ頭を悩ませていることについて相談したかった。わざわざエースが話題を変えてくれたのだし、彼のためにも流れに乗るべきだと頭では理解している。
「サンジが気にすることじゃないって」
テーブルの下で拳を握った。なんでいつも、エースは自分を後回しにするのだろう。彼は自身のことをあまり話さない。そこがゾロと似ていて、だからこそ彼らは分かりあえているのだと思う。
自分は話を聞こうとしただろうか。いつだって聞いてもらうばかりだ。慰められ、励まされ、勇気づけられているのに、エースにはなにも返せていない。
「おまえの恋すげえ応援したいのに、なにもできなくてごめん」
「いいよ、俺も言わなかったし。…また誰か好きになったら相談すっから、その時よろしくな!」
やはり結果的に慰められる形となって、敵わないと実感した。でもいつか、本当にエースが助けを求めたら、頼れる男になっていたい。そのためには全力で頑張るだけだ。後悔なんて残らないように、諦めるまえに、できることを一生懸命やる。そしたらきっと笑っていられる。目の前の優しい幼なじみも、ゾロも、そして自分も。
様々な方向に迷っていた気持ちがひとつになった。サンジは新たな決意に少しだけ、強くなれた気がした。