交代で風呂を使った。
泊まっていけと言ったものの、まさかサンジが頷くとは思ってもいなかった。
これからどうしたらいいのだろうか。
風呂から上がったばかりのゾロは、腰にバスタオルを一枚巻いただけの格好で台所にいた。景気づけにビールでもと冷蔵庫を開けたが、ビールはなかった。かわりにシンク下に料理酒が置いてあるのを見つけた。これでも構わないと歯で金の蓋をこじ開け、ラッパ飲みで勢いよく一口、酒を煽った。
もうしばらくしたら、サンジが風呂から上がってくるはずだ。
どうしようかと考えてから、ゾロはミネラルウォーターのボトルを手に、二階の自室へとあがった。
自室のドアを開けると暗がりの向こうで、風見鶏がぼんやりとこちらを見つめている。
「げ……」
小さく呻いてゾロは、眉をひそめる。
見られているような気がしてならない。自分は何も悪いことはしていないというのに、何故だか落ち着かない気分にさせられる。
ベッドの端に腰を下ろすと、サンジを待つ。
待ちながらゾロは、じっと窓の向こうの風見鶏を眺めていた。
今夜の風は、湿気を含んだどことなく重い風だ。
風が吹くとじっとりとした湿気が肌をなぞり、不快感が増した。
風見鶏はのろのろとした動きで体の向きをかえようとして、ゾロのほうを睨み付けたまま停止した。
嫌なヤツだと、ゾロは思った。
風呂上がりのサンジは石鹸のにおいをさせていた。
真っ直ぐにゾロの部屋にやってきたかと思うと、ゾロの隣に腰を下ろした。
ゾロがパジャマがわりに使っているジャージの上下を身につけたサンジが頭からすっぽりとタオルをかぶっているのは、気恥ずかしいからだろうか。
「煙草、吸ってもいいか?」
ガシガシと乱暴に髪を拭きながら、サンジが尋ねる。
「おう」
そう返したものの、灰皿がどこにもない。
どうしようかと思っていると、サンジは煙草と一緒に用意してたらしい携帯用のアッシュトレーを取り出した。空き缶を灰皿代わりにするのはやめたらしい。持っているのならもっと早くに出せばいいのにと思いながら、ちらちらとゾロはサンジの手元を横目に見ている。
薄暗い部屋の中から窓の外へと視線を馳せると、風見鶏の姿がぼんやりと見える。風見鶏の足下が、サンジの祖父の店だ。これからすることを見張られているような居心地の悪さに、ゾロはこっそりと顔をしかめる。
雰囲気から、サンジも緊張していることがわかる。肌を伝わってくる空気がピリピリとしている。まるで剣道の試合前の自分のようだ。
「……触んねえの?」
その言葉が合図だった。
隣り合わせに座った体の向きをやや斜めに向き直すとゾロは、まだ煙草を指につまんだままのサンジの手を取った。
「触ってもいいのか」
意図せずして、固い声が出た。自分も緊張しているのだと思うと、訳もなく笑いが込み上げてきた。
すっきりとしたラインを描く頬に手をやり、こちらを向かせる。暗がりの中でサンジの目が、じっとゾロを見つめているのが感じられた。
「触ってくれ……なあんて、言うわけねーだろ!」
そう言ってサンジが凄んだ。
掴まれた手をふりほどくと同時に、サンジはゾロのみぞおちを強かに蹴りつける。
「恥ずかしーんだよ、さっきから!」
低く腹の底から叫んだかと思うとガッとゾロの頭を腕に閉じ込め、抱き締める。
「休みの間、ずっといなかったくせに……」
ああ、サンジは寂しかったのだ。ゾロは思った。しがみつくようにしてサンジの腰に腕を回すと、怯えさせないようにそっと力を入れる。石鹸のにおいと煙草のにおいとに、軽いめまいを感じる。背中に回した手を、弧を描くようにしてゆっくりと動かすと、サンジの体が微かに揺らいだ。パジャマがわりのジャージの裾からそろりと手をさしこんで……そこでふと、ゾロは気付いた。
つい今しがたまでサンジが手にしていた煙草が、ベッドの上にポトリと落ちていることに。
「ごめん……」
しょんぼりとサンジが呟く。力のない小さな声で謝ると、居心地悪そうに背を丸めた。
「気にすんなよ。どーせこれから汚れんだし」
さらりとゾロが言い流すのに、サンジはムッと唇を尖らせる。
ベッドの上に落ちた煙草は、シーツに小さな焦げ跡を残した。とは言うものの、このベッドをはじめとする生活用品のほとんどはロビンからの餞別だ。シーツの替えも荷物の中には何枚かあったし、ゾロにしてみれば痛くも痒くもない。
「気にすんな」
もういちど、今度は耳元に囁きかけた。
サンジはくすぐったそうに首を竦めるばかりだ。
仕方がないのでキスをした。暗がりの中で仕切り直しとばかりに何度も唇をついばみ、サンジの息が上がってきたところで額や頬や鼻先に唇で触れた。
くすぐったがっていたサンジと二人して、ベッドの中で犬ころのようにじゃれ合い、抱き合った。
暗がりの中、手探りで互いの体をまさぐりあった。くすぐったさの向こうに時折、気持ちいいと思えるポイントのようなものがあり、それを探るために互いの体にまた手を伸ばし合う。押し殺した吐息に混じって、控え目な声が聞こえたような気がする。
ジャージの上を脱がし合うと直接、肌に手を這わした。唇も。脇腹に舌で触れると、サンジの体は大きく震えた。怖がっているのか、それとも……。
手探りで肌をなぞりあげると、胸の先に指が触れる。指の腹でやわやわと突起を押し潰すと、サンジの手が、指に絡みついてきた。
体の中の血が沸騰して、血管の中を駆け回っているような感じがする。
伸び上がってサンジの唇にキスをしようとした。暗がりの中で、適当に見当をつけて顔を寄せると顎の先にちょん、と触れた。
すぐにサンジの腕が、ゾロをとらえた。
ぎゅっと抱きしめてくる腕はほっそりとしているが、あたたかい。
「これからは一人暮らしなのか?」
掠れた声が、尋ねかけてくる。ゾロは、サンジの首筋に顔を埋めて唇を皮膚に押し当てる。
「……そうだ」
くぐもった声がくすぐったいのか、サンジは首を竦めようとする。
「あの人……ロビンちゃんは……」
か細いサンジの声は、不安だからだろうか。
ゾロは喉の奥で微かに笑うと、手のひらでサンジの脇腹をなぞった。
「子どもの頃に俺たち、結婚の約束しただろ」
告げた途端に、サンジの拳骨がゾロの背中を叩いた。
「は……恥ずかしいこと言ってんじゃねーよ」
恥ずかしいも何も、ゾロは大真面目だった。
だいたい、ロビンとはこれっぽっちも何もなかった。同居していたとは言え、単なる家主と居候の関係でしかなかったのだ。
「安心しろ。こんなことしたいと思うヤツはお前しかいねえから」
布の上から、サンジの性器に触れてみた。
ずっと触れたいと思っていた。どんな形をしていて、どんなふうに登り詰めるのか、イく時のサンジの声は、表情は……? 考え出したらきりがないことはわかっていたが、ずっと気になっていた。
まだふにゃりとしたままの性器を、手のひら全体で包み込むようにして撫でさすると、あっという間に張り詰めていく。その急激な変化が面白くて、執拗に撫で回していると焦れたようにサンジの腰が揺れた。
「ばっ……馬鹿っ、しつこい!」
焦ったような声も、その後に甘えるようにゾロの腕にしがみつくところも、可愛くてたまらない。
ゾロは黙ってジャージの下を下着と一緒に引きずり下ろそうとした。すぐにゾロの意図に気付いたサンジが、腰を浮かして協力する。脱がしたジャージは、床の上にポイと投げ捨てた。
「お前も……」
掠れた声で言いながら、ゾロのジャージのウエスト部分にサンジは指をひっかけた。
「脱がしてもいいか?」
遠慮がちにサンジが尋ねる。
ゾロはその手を掴んでジャージをずり下ろした。下着も一緒だ。全部脱ぎさると、ひとしきり互いの体に腕を回し、顔といわず体といわず、あちこちに唇を押しつけ合った。
離れていた期間が長かったからだろうか、こうしてじゃれあっているだけでも満足してしまいそうになる。
やんわりと唇を吸い上げると、サンジのほうからおずおずと舌を差し出してきた。
控え目なところがいいとゾロは思った。
申し訳程度にちらりと舌を差し出してはゾロの下唇をペロリと舐める仕草に、体の奥がカッと熱くなる。押し殺した声ですら、ゾロの中の熱をあおり立てるばかりだ。
熱いと、ゾロは思った。ただ抱き合っているだけで、ゾロの体は熱くなった。血液が沸騰して、血管の中を忙しなく駆け巡っているような感じがする。
じっとりと汗ばんだサンジの体に手を這わせ、唇を寄せる。サンジは、ゾロの手や唇が触れるたびに体を震わせた。変なところで生真面目な彼のことだから、きっとこういう行為に対してもあれこれ身構えてしまうのだろうか。別にそのこと自体は、悪いことではないとゾロは思っている。気が強いくせにここぞというところで臆病だったり、やたらと頑固だったり甘えただったり……そして、妙なところで生真面目すぎる、そんなサンジだったからこそ、ゾロは彼のことを好きになったのだから。
暗がりの中、長い長い時間をかけて二人の影がピタリとひとつに合わさっていく。
夜の闇に紛れて、窓の向こうの風見鶏が慎ましやかに向きをかえた。