「なんで……」
言いかけた獄寺の隣で、山本が動いた。
「じゃあ、俺はこれで」
決まり悪そうにそう告げると、これから任務に戻るのだろう、山本は足早に執務室を出ていく。
パタンと音を立ててドアが閉まった。
二人きりになった途端、獄寺はさらに執拗に綱吉に食い下がった。
「なんで俺じゃ駄目なんスか」
眉間に皺を寄せて獄寺が尋ねると、綱吉は困ったように溜息をつく。
「だって獄寺君、療養中だし」
何となく歯切れの悪い綱吉の優しげな顔に、獄寺は自分の顔をぐい、と近づけ、覗き込む。
「大丈夫です。今からすぐにでも……」
握り拳を振り回して獄寺が言うのに、綱吉は顔をしかめた。
気乗りしない様子で椅子から立ち上がると、ぐるりと机を回って獄寺のほうへと近付いていく。
「とにかく、駄目なものは駄目だ。一週間の休暇を取って、のんびり怪我を治すことに専念してほしいんだ」
怪我を治すことに専念してほしいと言われた瞬間、獄寺の胸の奥の黒い獣が、いやらしく忍び笑いを洩らした。お前は捨てられるのだ、と。役に立たない部下など必要はない。ましてやお前はボスの右腕だと言いながら、任務途中に怪我をした。任務ひとつまともにこなすことのできない右腕など、お払い箱も同然だ、と。
「お願いです、十代目。このまま任務に戻らせてください」
言いかけた獄寺は、綱吉の肩をガッと鷲掴みにした。
「お願いです!」
何度も肩を揺さぶるが、綱吉は小難しい顔をしてじっと獄寺を見つめ返すばかりだ。
「戻らないと……」
必死になって獄寺が言いかけたところで、綱吉の腕がぐい、と掴んでいた手を振り払った。
「もっ……」
尚も言い募る獄寺の腰をぐい、と引き寄せた綱吉は、目の前の唇を噛みつかんばかりの勢いで塞いだ。
「ん、ぅ……」
獄寺の頭の中が、真っ白になった。
自分は今、綱吉とキスしている。
唇と唇が合わさって、うっすらと開いた唇の隙間から、悪戯な舌が潜り込んでくるのを獄寺は感じていた。
「んっ……」
逃げようとすると、綱吉の体はさらに獄寺に密着してきた。
割って入った舌が前歯の裏をベロリとねぶりあげ、その勢いのまま唾液ごと獄寺の舌を吸い上げる。ジュッ、と音がして、綱吉が唾液を啜る音が獄寺の耳の中に響いた。
「ん…やっ……」
逃げようとしたが、背後の執務机が邪魔になって思うように逃げることができない。
背筋がゾクゾクとして、獄寺の中の熱が下腹部へと集まりだす。
机に尻を預けるような格好で体を支えた獄寺は、躊躇いながらも綱吉にしがみついた。綱吉のスーツの袖をぎゅっと握りしめ、鼻にかかった声を何度も洩らす。
不意に、綱吉の体が獄寺から離れていった。
「ぁ……」
ブルッと体を震わせて、獄寺は唇を押さえた。
綱吉は困ったような顔をして獄寺を見つめている。
「十代目……?」
怪訝そうに獄寺が尋ねると、綱吉は「ごめん」と呟いた。その弱々しい呟きが、獄寺の中の不信感をいっそう煽り立てた。
自分はやはり、捨てられるのだ。右腕として失格なのだと思わずにはいられない。
「ごめん、獄寺君」
そう言うと綱吉は、獄寺を置いたまま執務室を出ていった。
静かにドアが閉まり、綱吉の足音が遠ざかっていく。逃げるような綱吉の足音に、獄寺は唇を噛み締めた。
ゆっくりと息を吐き出すと、力が抜けてしまったのか、体が傾いだ。そのままズルズルと床の上に座り込んでしまう。
鼻の奥がつんとしている。
押さえた唇が熱い。触れられた手も、肩も、体中どこもかしこも熱かった。
「じゅ…代、目……」
声は、掠れていた。
悲しいと思うと同時に、体は熱く、高ぶっていた。
胸の奥底では黒い獣が笑っていた。
お前の心はこんなにも浅ましい。だから綱吉は、お前を捨てることにしたのだ、と。右腕としては役に立たず、こんなふうに愛欲に溺れてしまった守護者など、ボンゴレには必要ないのだと、黒い獣が胸の奥で嘲笑っていた。
そんなことはないと、否定することができなかった。
しばらくそうやってじっとしていた獄寺だったが、のろのろと立ち上がると執務室を後にした。足取りは重く、体にこもった熱が辛かった。
なんとか自室に辿り着くと獄寺は、着替えもせずにベッドにゴロリとうつ伏せになった。 何も考えずに眠ってしまいたかった。
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