獄寺を連れて、綱吉は家へと戻った。
ドアを開け、チビたちがまだ起きていることを確認してから母に声をかける。
「ただいま、母さん。あのさ、獄寺君も一緒なんだけど……なにか食べるもの、残ってない?」
そう言いながら綱吉は、獄寺を食卓へと連れていく。
「あら、いらっしゃい、獄寺君。こんな時間だから、今日はお泊まりしていくわよね?」
まるで綱吉の心を見透かしたかのように、奈々が言った。
「夜分遅くにすみません。あの、すぐに帰りますんで、お気遣いなく」
どこかしら気まずそうにしている獄寺を椅子に座らせると、綱吉もその向かいに腰をおろす。
「いいじゃないの。明日は日曜日で学校はお休みなんだから」
ね? と奈々に言われて獄寺は、控え目に「わかりました」と頷いた。
夕飯の残りを温め直したものを獄寺は、おいしそうに食べた。腹が減っていたのか、目の前に出された料理をペロリと平らげ、それでも足りずに奈々におにぎりを握ってもらった。綱吉も少しだけお相伴に預かった。
それから、綱吉と交互に風呂を使って二階の部屋へと引き上げる。
いつの間にかチビたちが眠ってしまっていたからだろうか、家の中がシンとして、ちょっとした物音がやけに大きく耳に響く。
疚しさを感じてか、綱吉は敢えて部屋の灯りはつけなかった。薄暗い部屋の中を、手探りでベッドまで歩いた。
「オレのベッド狭いけど、一緒でいいよね」
抑え気味の声が、緊張で震えそうになる。
「オレは奥のほう使うから、獄寺君は手前に寝てくれる?」
尋ねると、「はい」と従順な声が返ってきた。獄寺の声も、どことなく緊張している。
先にベッドに入った綱吉が壁際に体を寄せると、獄寺がごそごそとベッドに潜り込んでくる。石鹸のにおいがふわりと鼻先を掠めていき、綱吉はその香りにドキッとした。
「ちゃんと布団に入ってる? 体、はみ出てない?」
声をかけると、気配で獄寺が小さく笑ったのが感じられた。
「肩、寒くない? もうちょっとこっちに寄ってもいいよ」
尚も綱吉が声をかけると、遠慮がちに獄寺が体を寄せてくる。もそりと獄寺が動くと、肩口から空気が入ってきて、それと同時に石鹸のにおいがまたしても綱吉の鼻をくすぐっていく。
落ち着ける位置を探して獄寺が体をずらした途端、布団の中で互いの手が触れ合った。
「すっ…スンマセン、十代目」
慌てたように獄寺が手を引っ込める。
綱吉は黙って手を伸ばした。逃げかけた獄寺の手を捕まえ、指を絡めてかたく握りしめた。
「あのっ……」
少しだけ自分より低い体温の獄寺の指先は、かさついていた。朝になったら母にハンドクリームを分けてもらうことを忘れないようにと、綱吉は思った。
「手、繋いで寝よっか」
こうしておけば、お互いの手がぶつかることもないだろう。
「……はい」
随分と間を置いて、掠れた声が返事をした。
ぎゅっと手を握り締めると、自分の体温が繋いだ手を通して相手に伝わっていくような気になる。どこかしら嬉しいような、照れ臭いような気持ちがする。
そっと目を閉じると、いっそう獄寺の気配を身近に感じる。
ドキドキと心臓の脈打つ音が、獄寺に聞えやしないだろうかと綱吉は不安になる。
そのうちに、下腹部がじわじわと熱っぽさを訴えてきた。息を潜めて手を動かすと、獄寺は既に眠り込んでいたのか、繋いでいた手がするりと外れ、自由になった。ホッとして綱吉は寝返りをうつ。
こんな状態では眠れやしないと思いながらも、いつしか眠っていたようだ。
次に目が開いたら、日曜の朝だった。
カーテン越しに部屋に入り込んでくる日差しの中で、銀髪の頭を抱えるようにして綱吉は眠っていた。いつの間に……と考える余裕もなく、慌てて獄寺から身を離した。頬が熱いのは、おそらく顔が赤くなっているからだろう。
別に手を出したわけではない。自分はなにもしなかった。バクバクとなる心臓を宥めながら綱吉は、獄寺の寝顔をじっと見つめる。
それにしても、ほんの少しだけ罪悪感を感じるのは、どうしてだろうか。
獄寺の寝顔を見ながら綱吉はぼんやりと考えた。
──なにも、しなかったから?
まだ眠る獄寺の銀髪に手を伸ばしかけたところで、パチリと獄寺が目を開けた。
「おはようございます、十代目。よく眠れましたか?」
淡いグリーンの瞳が、まっすぐに綱吉を見上げている。
「あ……う、うん……いや、ええと、ちょっと寝不足かな」
ベッドの上で後ずさりながら、綱吉は返した。
「ごっ、獄寺君は……その、よく眠れた?」
壁に背中をピタリとつけて、綱吉は尋ねかける。気まずい。気まずすぎだ。今、自分の手が獄寺の髪に触れようとしていたことに、彼は気づいているだろうか? 顔が強張っているのが、自分でもわかった。
静まりかけていた心臓が、またぞろバクバクと騒ぎ出す。
獄寺は怪訝そうに綱吉を見つめ返し、それからにこやかな笑みを浮かべた。
「はい。おかげさまで、ぐっすりと」
いつもの獄寺と、少しもかわらない。
綱吉はホッとした。
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