いるかどうかはわからないが、もしかしたらいるかもしれない。
並盛神社の境内、お堂の影に設置された、あの場所に。結び所と書かれたあの場所で、もしかしたら獄寺は綱吉が行くのを待っているのではないだろうか。
駆け足で並盛神社へと向かった。
綱吉が不用意に発した言葉のせいで、獄寺に要らぬ誤解を与えてしまったかもしれない。そう思うと、綱吉の心臓はキリキリと痛んだ。
いてくれるだろうか?
獄寺は、並盛神社で自分を待ってくれているだろうか?
考えだしたら不安は尽きなかったが、今、考えても仕方のないことだ。綱吉はギリ、と唇を噛み締め、走り続けた。
階段をあがって、あがって、あがって……息を切らしながら階段を駆け上がる自分は、酷くみっともない姿をしている。こんな自分でも獄寺は、好きだと言ってくれるだろうか? そんな不安も頭の隅をよぎっていく。
ゼエゼエと息を切らしながら最後の段をトン、と足音を立てて踏みしめると、綱吉は境内に立ち尽くした。どこかからか蝉の鳴く声がこえてくる。自己主張をするには並盛神社は静かだった。
仁王立ちに立ったまま、あたりをぐるりと見回す。
お堂の影に、癖のある銀髪が見え隠れしていた。
──いた!
やっぱり、と、綱吉は思った。
ここにいると思っていた。どうしてだろう。何故だか、獄寺がここにいるような気がした。ここで少し前に結んだおみくじのことを、もしかしたら獄寺は思い出しているのかもしれない。
驚かさないように、逃げられないように、綱吉はゆっくりと近づいていく。
すぐに獄寺は気づいたようだった。ハッと息を飲むのが、気配で感じられた。
「追いついた」
呟いた綱吉の声は、掠れていた。
喉が渇いているのは、ここまで走ってきたばかりではないはずだ。緊張しているのだ。獄寺の反応が怖くてたまらない。
「十代目……」
獄寺の目は、わずかに赤かった。
泣いていたのだろうか? あの獄寺が?
「誤解しているかもしけないけど、オレ、獄寺君が好きだって言ったんだからな」
山本とは、どこまでいっても親友の域を越えることはないだろう。綱吉にとってこんなふうに恋愛感情を抱く相手は、獄寺一人しかいない。獄寺だけなのだ、こんなに胸が痛くなるほど綱吉の気にかかる相手は。
正面から獄寺の瞳を覗き込むと、淡いグリーンの瞳は揺れていた。
潤んでいるように見えるのは、気のせいではないはずだ。
「でも、あの場にいたのは山本っス」
そりゃ、そうだと綱吉は思った。
山本と話をしていたのだから、当然だ。
「山本に言われたんだよ。オレと獄寺君がギクシャクしてるんじゃないか、って。だから言ったんだ。獄寺君のことが好きなんだ、って」
山本はちゃんと、綱吉の気持ちを理解してくれていた。獄寺とのぎこちない発展途中の関係を理解した上で、さりげなく応援してくれようとしている。
「嘘です……」
だって……と言いかけた獄寺の身体をぎゅっと抱きしめ、綱吉は唇を押しつけた。首の後ろをぐい、と引き寄せ、獄寺の唇を味わうと、クチュ、と湿った音がした。
「……んっ」
喉の奥で獄寺が小さく呻いた。
獄寺の唇は柔らかかった。
ふっくらとして弾力があって、それから……うっすらと開いた唇の隙間から舌を差し込むと、甘い香りがしていた。
そっと上顎を舌でつつくと、歯の裏側を丁寧にねぶった。
時折、獄寺の口からくぐもった呻きが洩れる。
深く唇を合わせると、綱吉は舌を絡めた。
こんなことをしているなんて、信じられなかった。年相応に少しは性に対する興味もあったが、こんなふうに獄寺とキスをしていることが信じられない。
さらに腕に力を入れてほっそりとした体を引き寄せようとすると、やんわりと獄寺が抵抗を示した。
嫌なのだろうか?
様子をうかがいながら綱吉が唇を離すと、獄寺は惜しむように息を吐き出した。その瞬間の口元が、目元がやけに色っぽくて、綱吉は腹の底に熱い高ぶりを感じずにはいられなかった。
「獄寺君、これからうちに来ない?」
フワフワと夢を見ているような気分だった。自分が口にした言葉の意味を綱吉はよく考えもせずに、獄寺の手を取っていた。
「母さんとリボーンたちは、今日の夕方から少し早い夏の旅行に出かけて明日の晩まで帰ってこないんだ」
だから今夜、家には綱吉一人しかいない。
それがなにを意味しているのか、獄寺は悟ったらしい。綱吉の手の中で、獄寺の手がピクリと震えた。
「もっと……キス、したいんだ」
キスをして、獄寺の体中に触れたいと思った。
本音を言うと、それだけではない。キスをして、獄寺の体中至る所に触れてみたいと綱吉は思っていた。灯りをつけたままでセックスをしたい。全部、見たいから。
どんな表情で綱吉の名前を呼ぶのか、イク時はどんな顔をするのか、細かなところまで見てみたいと綱吉は思っていた。
「ダメ、かな?」
尋ねると、獄寺は難しそうな表情をして綱吉を見つめ返した。
「山本じゃなくて、俺が好きなんスよね、十代目は」
綱吉は頷いた。
獄寺が好きだ。
どうしようもないほどに体は、獄寺を欲している。
「好きだよ、獄寺君が。キスしたい。できることならセックスもしたい。だけど、獄寺君が望まないならキスもセックスもしなくていい」
あまりにも陳腐な言葉の羅列に、綱吉は自己嫌悪を感じずにはいられなかった。
こんな安っぽい言い方しかできない自分は、なんとみっともない人間だろうか。低俗な人間だと思われただろうか。
恐る恐る獄寺の顔を覗き込むと、彼は押し黙ったままじっと綱吉を見つめていた。
「俺……俺も、十代目とキスしたいっス。それから、セックスも」
頬を赤らめて獄寺はそう告げた。目の端がうっすらと赤いのがやけに色めいて見える。
「じゃあ、うちに行く?」
尋ねると、獄寺はコクリと頷いた。
シャツの裾から覗く白い首筋がほんのりと色づいて、艶めかしかった。
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