二人きりの夕食は、ひどく気まずいものとなった。
無言でいることの決まりの悪さ、なんとも言えない重苦しい空気に、口の中に入れたものをもそもそと咀嚼するのが精一杯で、あとは陰気臭い雰囲気が漂うばかりだ。
チラチラと様子をうかがいながら獄寺は、パスタを口にする。我ながらおいしいと思える味に満足しながらも、綱吉のことが気にかかって仕方がない。
「ど……どーっスかね、十代目。やっぱ不味いっスか? 少し前から自炊に挑戦してるんですけど、今日のこれ、なかなかの味だと思いませんか?」
尋ねると、綱吉はようやく顔を上げ、獄寺と目を合わせてくれた。
泣いてはいなかったはずだが、目の縁はくっきりと赤くなっている。鼻の頭もだ。
「……これ、獄寺君が作ってくれたんだ?」
スン、と鼻をすすると綱吉は掠れた声で返してくる。
「はっ…はいっ! 俺が作りました!」
かしこまって告げる獄寺に、綱吉は口許に微かな笑みを浮かべる。
「ありがとう、獄寺君。とってもおいしいよ」
ニコリと綱吉が笑ったその瞬間、目尻からホロリと涙がこぼれ落ちたのを獄寺は見逃さなかった。
綱吉は泣きながら笑っていた。
何度も鼻をすすり、しゃくり上げる。それでも、何度も「おいしいね」と呟きながら獄寺の作ったパスタを口へと運んでくれる。
気づかないふりをしようと獄寺は思った。
綱吉が泣いていることには知らん顔を押し通し、いつもと同じように自分は接していようと思った。
言いたくなったら嫌でも話してくれるだろう。
自分のことを綱吉がどう思っているのかは想像に難くない。友だちで、仲間……よくて嵐の守護者止まりだろう。ボンゴレ十代目の右腕だと常々口にしてはいるものの、綱吉からそれを仄めかすような言葉が出たことはこれまで一度としてない。
自分はその程度にしか思われていないのだと悲しかったが、それでも大きな顔をしてそばにいることができるのならば、友人だろうが仲間だろうが構わないと獄寺は思う。
それよりも、自分の気持ちを打ち明けて、綱吉が離れていくことを考えるほうがはるかに怖ろしく感じられる。
いつまで、この気持ちを隠しておくことができるだろうか。
どこまで、綱吉と一緒に同じ道を歩いていくことができるだろうか。
「特訓したんスよ、十代目のために」
冗談めかして獄寺が告げるのに、綱吉が小さく笑う。彼がこうして笑ってくれるのなら、このままで構わない。
自分の気持ちなど、クソ食らえだ。
このままじっと気持ちを押し隠して、綱吉のそばにいて、大きな顔でふんぞり返っていようと獄寺は思う。
好きだから、告げられない想いがあったとしてもいいではないか。
自分の気持ちに正直に。そうだ、いつか綱吉に気持ちを告げる時がきたなら、その時には素直な気持ちを伝えればいい。
そんなことをあれこれと思い悩みながら獄寺は、パスタを胃の中に収めたのだった。
その日、綱吉は獄寺の部屋に泊まった。
友だち同士なら別におかしくはない。これぐらい普通だろうと、獄寺はドキドキと早鐘を打つ心臓のあたりに拳を押し当て、深く息を吸い込む。
リビングの床に敷いた布団を二人で使うことにしたが、成長期の男子二人にはかなり狭かった。布団からはみ出さないように、体を寄せ合うようにして横になる。腕や肩や足を動かそうとすると時折、相手の体に自分の体の一部が触れることがあって、獄寺はなかなか寝つくことができなかった。
体の一部が触れ合っていることは、不快ではない。しかしこの体勢をいつまでも続けていると、よからぬことを考えてしまいそうで、苦しくてたまらない。
何度も寝返りを打っては溜息をつく。
息苦しいのは、緊張しているからだ。
綱吉と同じ布団に入って眠るのだと思うと、気持ちが落ち着かなくなってしまう。やはり自分だけソファで寝るべきかと身を起こそうとしたところ、暗がりの中で腕を掴まれた。
「十代目、起きてらしたんですか」
驚いた。それまでずっと眠っているとばかり思っていたのに、この暗がりの中で咄嗟に自分を引き止めようとしたことに獄寺は感心する。
「ごめんね、獄寺君。狭い……よね。オレ、ソファで寝ようか?」
家主をソファで寝させるわけにはいかないからと綱吉が言うと、獄寺は暗がりの中で薄く笑った。
「大丈夫っスよ、十代目。オレ、慣れてますから」
一人暮らしをしていると、よくソファで眠ってしまうことがある。それを考えると、やはりこの場合は獄寺がソファへ移ったほうがいいだろう。なによりも、十代目である綱吉をソファで眠らせるなんてことは、右腕としては考えられないことだ。
「予備の毛布取ってきますんで、灯り、つけますね」
そう言って獄寺が起きあがろうとすると、綱吉は掴んだ手にさらに力を入れてきた。
「いいよ、このままで。獄寺君に悪いし。それに……オレも、ちょっと眠れなかったから……」
その言葉に、掴まれたままの獄寺の腕がピクリと動く。
「……枕が変わると眠れませんか?」
尋ねる獄寺の声は、掠れていた。
踏み込んでもいいだろうか? 聞いてくれるなと綱吉に拒否されるだろうか? それとも、互いの表情も見えない暗がりだからと安心して、綱吉は話してくれるだろうか?
息を潜めて様子をうかがっていると、綱吉がほぅ、と溜息を吐き出すのが気配で感じられる。迷っているのだろうか。獄寺に話していいものかどうか、もしかしたら思案しているのかもしれない。 「や、そういうわけじゃないけど……」
眠れないのは、夕方──厳密に言うと放課後、綱吉の身に起こったことが原因だろう。なにがあったのか、獄寺はだいたいのことはわかるような気がした。それでも綱吉の口からじかに聞きたいと思うのは、思い上がりだろうか?
「コーヒー……いえ、ココアがありますよ、十代目。ミルクたっぷり入れてきますから、今から少し、話しませんか?」
話してもらえなくてもいい。どうでもいいくだらない馬鹿話でもしていたら、そのうちに綱吉の気分も落ち着いてくるのではないだろうか。そう思うといてもたってもいられなくなって、獄寺はガバ、と布団の上に起きあがった。
「や、でも……」
「すぐにココアを用意してきますね、十代目」
綱吉の言葉に被せるようにして、獄寺はわざと大きな声を出した。灯りをつけると、ドタドタと乱暴すぎる足取りでキッチンへと向かう。
逃げ込むようにしてキッチンに入ると獄寺は、シンクの縁を力いっぱい握りしめた。パタン、と小さな音を立ててドアが閉まる。はあぁ、と息を吐き出すと、唇が震えているのが感じられる。このままでは泣いてしまいそうだ。唇を噛み締め、眉間に深く皺を刻んでから、獄寺は顔を上げた。両手で頬をパシ、と叩き、泣くもんかと気合いを入れる。
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