小鳥はうたう 1

  その気持ちは、嫉妬からではないと言い切れるだろうか。
  うとうととなりながら雲雀は、そんなことを考えていた。
  嫉妬……そう、自分は、嫉妬している。
  跳ね馬と言葉を交わすすべての者に対して、嫉妬している。男も、女も、子どもも、大人も、すべての者に対して嫉妬している。
  中でも、沢田綱吉と獄寺隼人──彼らに対しては、無意識のうちに殺意すら抱いてしまいそうになる。
  ディーノに近付かないでほしかった。
  跳ね馬……ディーノは、自分のものだと言いたかった。しかしそうはっきりと告げることは、雲雀のプライドが許さない。それでもあれは自分のものだから、ちょっかいを出すなとこれまでも態度で示してきた。
  特に沢田綱吉は、昔からディーノが弟のように目をかけて可愛がっている。これ以上、ディーノに近付かないでもらいたいものだと、雲雀は夢うつつの中でぼんやりと思う。
  これ以上、苛々させないでほしい。
  半分夢を見ているようなふわふわとした不思議な感覚の中で雲雀は、唇を噛み締めた。
「僕のものだ……」
  実際に呟いたのかどうかは、わからない──



  寝苦しさを感じて雲雀はうっすらと目を開けた。
  時間はまだ真夜中を少し過ぎた頃だろうか。暗がりの中、手探りで枕元の時計を手に取った。午前一時半。さっき寝入ったばかりだというのに、こんな時間に起こされるなんてと雲雀は唇を尖らせる。
  眠るときは一人だったはずなのに、いつの間にか隣には人の気配があった。
  ムッと顔をしかめた。
  雲雀にしがみつくようにして眠っているのは、ディーノだ。いつの間にやってきたのだろうか。彼が来ることは聞いていたが、それは今夜ではない。今夜は用事があると言っていたはずなのにと、雲雀は思う。
「……邪魔」
  しばらく考えた雲雀はそう言うと、ぐい、とディーノを押し退けた。一人分の空間がぽっかりと空くと、キングサイズのベッドは広々と感じられる。雲雀は小さく伸びをした。
  眠ろうとするとベッドの向こうでディーノがごそごそと寝返りを打つ気配がした。ついでドシン、という音がする。
  落ちたなと思いつつも雲雀は目を閉じた。
  招かれざる客のことなど、雲雀にとってはどうでもいいことだ。勝手にベッドからずり落ちたままの格好で寝ていればいいのだ。
  ケットをぐい、と引き寄せると雲雀は、ディーノに背を向けるような姿勢で眠りについた。



「ひでぇよ、キョウヤ!」
  翌朝、目が覚めると開口一番にディーノが情けない声を上げた。
  ベッドから上半身がずり落ちたままの状態で一晩を過ごした彼は、先ほどからしきりと自身の肩や首を揉んでいる。
「勝手に人のベッドに入り込んでくるからだよ」
  そう言った雲雀は冷めた眼差しでチラリとディーノを見遣ってから、紅茶に口をつけた。
  イタリアでの任務は、佳境にさしかかっていた。
  別の任務でドイツに出向いていた獄寺隼人が夕べ遅くにディーノの屋敷に到着したことを雲雀は知っている。
  だから、ディーノをほっぽり出して雲雀は一人で眠ってしまったのだ。
  相手に拘束されるのは煩わしいが、相手が自分を放っておくのは気に入らない。それを口にすることができない性格だから、余計に苛々が募っていく。
「それよりどうだったの? 会ったんでしょう、彼に」
  無表情を装っているものの、気に入らなかった。
  何もかもが気に入らないと、雲雀は苦虫を噛み潰したような表情でディーノを見つめ返す。
「ああ、ハヤトか。元気そうだったぜ」
  何も気付かないディーノは、ニコニコしながら言葉を返してくる。
  不愉快だった。
  彼が……恋人が、自分以外の者のことをこんなにも嬉しそうに喋るところを見るのは、あまりいい気分がしない。
  雲雀はプイ、と明後日の方向を向くと、溜息をついた。



「なぁーんだ、焼き餅か、キョウヤ」
  やけに嬉しそうな声で、ディーノは言った。
「なあなあ、そうなんだろ? 焼き餅なんだろ、キョウヤ」
  そう言ってディーノは、雲雀が座っているソファのほうへと近付いていく。
  よりにもよって、部下のいる前で無神経なと、雲雀はムッと唇を尖らせる。
「誰が、誰に焼き餅だって?」
  近付いてくるディーノを雲雀はギロリと睨み上げたものの、この図々しい恋人にはこれっぽっちも通用しなかった。
  ニコニコと笑みを浮かべたままディーノは、雲雀の肩口をやんわりと抱きしめる。
「俺がハヤトを構っているのが気に入らないんだろ、キョウヤは」
  わかっていると耳元で囁いて、ディーノは雲雀の唇をさっと掠め取った。
「心配しなくても大丈夫だって。俺にはキョウヤ一人しかいないから」
  真顔でそう告げるディーノの下腹を強かに蹴り上げて、雲雀はフン、と鼻息も荒くソファから立ち上がった。
「朝っぱらから不愉快だ」
  何喰わぬ顔で二人のやりとりからさりげなく目を背けているロマーリオへとチラリと視線を走らせてから、雲雀はもういちどディーノの腹を踏みつけた。
「痛てぇ……」
  うぅ、と腹を抱えて呻くディーノをそのままに、雲雀はバルコニーへと出た。
  朝の空気は清々しく、雲雀の心をいっそうざわめかせる。
  屋敷の向こうにはちょっとした森が広がっており、その向こうにはディーノのお気に入りの温室がある。太陽の光を反射して、時折キラキラと光を放っているのがそうだ。
「彼とは何を話したの?」
  ポツリと呟いた雲雀の言葉はしかし、ディーノの耳には届かなかった。



  苛々としながら雲雀は一日を過ごした。
  昨夜からディーノは忙しそうにしている。彼の部下もまた、慌ただしく屋敷を出たり入ったりを繰り返している。獄寺隼人が屋敷に到着すると同時に、誰も彼もが忙しくなったように思える。
  雲雀は唇を噛み締め、じっと窓の外の景色を睨み付けている。
  ディーノのいない部屋はつまらなかった。彼がいないと、なにもかもが色褪せて見えてつまらない。雲雀は溜息をついて、苛々とソファから立ち上がった。
  バルコニーから森の向こうをじっと眺めてみたものの、いくらもたたないうちに飽きてしまった。
「つまらない……」
  小さく呟いて、頭を横に振る。
  ディーノを、獄寺にとられてしまったような感じがして気に入らない。
「あれは、僕のものなのに」
  握りしめた拳に力を込める。
  指が真っ白になるほど強く握り締めてから、ぱっと手を開いた。人差し指を唇へと持っていき、第二関節の継ぎ目に歯を立てた。血が滲むほど強く噛み締めた。
  森の木々を渡る風に乗って、ヒバードの鳴き声が聞こえてくる。
  あれは、僕のだ──雲雀は心の中でもういちど、低く呟いた。



END
(2010.3.21)


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