失ったものは、なんだろう。
なにを自分は失ってしまったのだろう。
手に入れたものはなんだろう。
失ったかわりに、手に入れたものがある。
それをこれから、どうしてやろう。どんなふうにしてやろう。
意地の悪い笑みを口元に浮かべると、雲雀は温室のベンチに座るディーノをじっと見つめる。
明日の夜には沢田綱吉がこのイタリアまでやってくる。たった今、ディーノからそのことを聞かされて雲雀の胸の内は少しばかりざわついている。
馬鹿な男だと雲雀は思う。
たかだか一人の人間のために、自分のホームグラウンドたる並盛を離れてこんなところまでやってくるなんて。つくづく馬鹿な男だ、沢田綱吉という男は。
ガリ、と爪を噛んで小難しい顔をしていた雲雀は不機嫌そうに言った。
「馬鹿だね、彼は」
雲雀の呟きに、ディーノが屈託のない笑みを向ける。
「悪いことじゃないと思うけどな。ツナの真っ直ぐなところが好ましいと思っているぜ、俺は」
多分それは、他の誰もが感じていることだろう。真っ直ぐで素直なあの男のことが、雲雀は嫌いではない。時々、妙に鬱陶しく思える時もあるが、嫌悪を感じるほどではない。
だけど、今回ばかりは許せないと雲雀は思う。
どうしてディーノが獄寺隼人の世話をしているのだ。どうして綱吉は、さっさと獄寺を迎えに来ないのだ。どうして自分は、ディーノが獄寺と楽しそうに喋っているところを見せられなければならないのだ。
不機嫌そうに溜息をつくと雲雀は、ディーノをギロリと睨み付ける。
「あなたも、だよ」
低く唸るように雲雀は呟いた。
「えっ、俺? 俺が、なんで……?」
突然の当てこすりにディーノは慌てふためいた。
自分がまさか、一瞬であっても雲雀を不快にさせてしまったということに思い至らず、ディーノは情けない醜態をさらしている。
ああ、やっぱりこういうところが苦手だなと雲雀は眉間に皺を寄せる。
「教えてあげない」
さらに不機嫌そうな表情をすると雲雀は、ベンチに座ってああでもない、こうでもないと自分の言動を思い返しているディーノの傍らに歩み寄っていく。
「だけど……」
と、雲雀はディーノの頬を両手で包んでぐい、と顔を自分のほうへと引き寄せくちづける。
くちゅっ、と湿った音を立てて舌をディーノの口の中へと押し込むと、唾液ごと舌を絡め合った。
いつの間にかディーノの大きな手が、雲雀の腰を引き寄せている。
この手を雲雀は、心地いいと思った。
抱きしめられ、キスを交わして、肌を合わせる。そんな一人きりでない時間が、柄にもなく愛しくてたまらない。
愛情と、嫉妬。相反する気持ちが胸の中で渦巻いて、日々振り回されている。しかしそんなふうに感情が波立つのが面白くて仕方がない。
そうだ、失ったものは一人の時間だ。
一人でいることの自由気ままさを、いつの間にか失っていた。
目の前のこの男と共に過ごす時間を心地よく感じるようになったのは、いつ頃からだろう。
「忘れないで、あなたは僕のものなんだから」
他の人間に関わらないでほしい。
自分だけを見ていてほしい。
「わかってるって。俺は、キョウヤのもの。キョウヤは俺のもの」
ヘラッと笑ったディーノはさらに雲雀の腰から尻へと手を下ろしてくる。
「わかってないよね?」
そう言って雲雀は、ディーノの腹に軽く拳をくれてやる。
「……っ、ぐっ」
ふごっ、と情けなくも声にならない声を上げるとディーノは腹を抱えてパンチの痛みに耐える羽目になった。
「僕が何を望んでいるか、それぐらい言われなくても気付くべきだよ」
そう告げると雲雀はフン、と鼻で笑い、温室を出ていく。
自分が誰かのものになるだなんて、考えただけでもおぞましい。小動物のように群れてどうしろというのだろう。
とは言うものの、この男が自分のものだと周囲に知らしめておくことは必要だろう。
どうするかな、と小さく呟いて、屋敷へと足を向ける。
すぐにディーノが追い付いてきた。
一人になりたいという気持ちを尊重してもらうことのできないこの状況が酷く苦しく感じられて雲雀は、眉間に皺を寄せる。
今は一人になりたかった。
キッ、と男を睨み付けるとしかし、嬉しそうな笑みを男は浮かべる。
「俺は、もうずっと前からキョウヤのものだぜ?」
そんなふうに言われても、雲雀は嬉しいとは感じない。
「キスしただろ、俺と。体の相性だってバツグンだった」
男の言葉に雲雀は冷たい眼差しを送る。
「だから、なに?」
いきなりそんなことを言われても、どう返したらいいのか雲雀にはわからない。
「だから、だよ。恋人同士だろ、俺たち」
そう言われてぞわっと産毛が逆立つような感じがした。
恋人だと改めて言われて、悪くない気がする。
だけどやっぱり、教えてはやらないでおこうと雲雀は思う。
失ったもののことを考えると、この状況も悪くはないような気がしてくるから不思議だ。
「あなたのそういうところが、僕は嫌いなんだ」
そう言いながらも雲雀は、どこかしらすがすがしい気持ちを感じていた。
END
(2013.4.30)
(2024.5.9加筆修正)
|