君の時間 3

  背後から獄寺の体を羽交い締めにする。
  綱吉よりも体格の勝る獄寺だったが、嫌ならもっと激しく抵抗するだろう。抵抗らしい抵抗をしないということは、本気で嫌がっているわけではないようだ。
  それとも、十代目である綱吉に対して気を遣っているのだろうか?
「獄寺君は……」
  言いかけて、綱吉は続きの言葉を飲み込んだ。
  四つん這いになった獄寺が、くるりと振り返って綱吉を見上げる。
  赤らんだ目元が色っぽい。
「十代目……俺、もう……」
  はぁ、と息を吐き出した獄寺の頬は、ほんのりと色づいている。
「ご…獄寺、君っ……」
  腹の底で燻る熱が、急に温度を上げたような感じがして、綱吉は咄嗟に獄寺の尻に自分の性器を押しつけていた。
「ごめっ……俺、我慢できなくて……」
  ぐい、と獄寺の尻に突き入れようとする。
「ぅ、あっ」
  獄寺の手が、シーツを掴む。余程強い力で握りしめているのだろう。ところどころでシーツはピンと張り詰めたり、たるんだりしている。
「……十代目っ」
  獄寺のものを扱きながら、綱吉は慎重に自分のものを挿入していく。獄寺の白い尻の狭間で、解したばかりの穴が、綱吉のものが入ってくるのを待ち構えているように見える。
  間違いなく、誘っている。
  綱吉は、腰を押し進めながら自分に自分で言い訳をしていた。



「いっ……!」
  カクン、と獄寺の上体が揺れた。
  ベッドに沈み込むのではないかと思うほど背がしなり、綱吉のほうへと不自然に尻が突き出される。
「痛い? ごめん、獄寺君。痛かった?」
  痛いのは当然だろう。
  獄寺は振り返ると、眉間に皺を寄せて首を横に振った。
「いえ、気になさらないでください、十代目。これしきのこと……」
  言いながらも獄寺の体が、小刻みに震えている。
  痛いのは嫌だと、綱吉は思った。自分が痛くないとはいえ、これでは、獄寺が辛いだろう。なにより、獄寺が痛いのは、もっと嫌だ。綱吉はするりと獄寺から体を離した。
「ごめんね、獄寺君」
  ベッドの上にペタンと座り込んで、綱吉は言った。
「明日からの任務に差し障りが出たら困るから、挿れるのはやめておくよ」
  困ったように小さく、綱吉は笑った。
  少し性急すぎたと、言い訳がましく綱吉は告げる。だからお楽しみは、獄寺が任務を終えて戻ってきた時に、とも。
「でも、十代目。俺、楽しみにしてたんスよ」
  唇を尖らせて、獄寺は言った。
  中学生の頃から、綱吉に対して恋愛感情を抱いていた。抑圧した感情とまではいかなかったが、性的な期待は持たないようにして、自分の気持ちを表に出してきた。隠し通せると思っていた。綱吉のいざという場面での男気に惚れたのだと常々口にしていたから、あながち嘘というわけでもなかった。それが性的なものも含んだ恋心にかわったのは、友人付き合いを通してのことだったから、これまでもかわることなく接することができた。
  逆に、昨日、久々に日本に帰国してからの時間が夢のようだと獄寺は思っている。
  今、この瞬間に、最後までしてしまわないことには、次のチャンスは二度と巡ってこないのではないか。綱吉に最後まで抱いてもらえる日というのは、今日のこの一瞬だけではないのだろうかと、不安になってしまうのだ。
「楽しみに、って……」
  と、綱吉は、獄寺の上に覆い被さり、唇にそっと口づける。
「俺だって、獄寺君とおんなじ気持ちなんだけどな」
  綱吉は、今度こそ本当に困ったように弱々しく笑った。



  改めて四つん這いになった獄寺は、綱吉のほうへ尻をぐい、と突き出す。
「構いませんから、十代目。このまま、最後までしてください」
  お願いしますと請われれば、その言葉に黙って従ったほうが楽なことは明らかだった。
  綱吉はしかし、獄寺の言葉に耳を貸さなかった。
「ダメだってば。俺は、獄寺君、君を傷付けたくはないんだ」
  最後までして欲しいと言いながらも獄寺の体は、カタカタと震えている。少し挿入しただけで痛がるのに、これ以上の無理はしたくないというのが綱吉の正直な気持ちだった。
「そのかわり……」
  と、そっと綱吉は、獄寺の太股を両手でなぞった。
「二人で、一緒に気持ちよくなろうよ」
  言いながら綱吉の手が、獄寺の尻を揉む、後孔の近くの肉をやわやわと揉みほぐし、時折、指で穴の縁を焦らすようになぞる。
「太股、締めて」
  言われるままに、獄寺は太股をきゅっと締めた。
  すぐに綱吉の性器が、太股の間に差し込まれる。
「じゅっ……十代目?」
  驚いた獄寺の腰をぐっと鷲掴みにして、綱吉は腰を動かした。
  獄寺の太股に挟まれた性器が、ぬるん、と白い肌に先走りをつけた。
「ぁ……」
  綱吉の熱に溺れてしまいそうだと、獄寺は思った。
  太股を往復する性器は、獄寺の玉袋を刺激した。気持ちがいい。目を閉じると、声が出た。慌てて口を閉じると竿の裏側を綱吉の性器が擦りあげ、またしても喘ぎ声が洩れた。
  確かに、これなら痛くはない。だが、最後まで抱いてもらおうと思っていた獄寺の気持ちがお預けになってしまったような感じがして、なんとはなしにしっくりとこない。
  ベッドに手をついたままの姿勢で獄寺は、振り返った。
「十代目……」
  綱吉を呼ぶと、このところ幼さの抜けてきた顔が近づき、唇が獄寺の鼻先を掠めていく。
「俺、もうイキそう」
  照れたように誤魔化し笑いをして、綱吉は告げた。
「俺も、です」
  そう言った獄寺の性器を、綱吉はきゅっと握りしめた。先端に溢れていた先走りを割れ目に塗り込むようにして、ぐりぐりと指で縁をなぞる。
「あっ、ああ……」
  カクカクと、獄寺の肘が揺れた。膝も、どうにかなりそうなぐらいに震えている。
「十代目……!」



  は、は、と息を荒げて、二人はベッドに沈み込んだ。
「あの、十代目……俺……」
  掠れた声で獄寺が喋ろうとするのを、綱吉は指先で唇に触れて、押し止めた。
「ごめんね、獄寺君。俺、こういうのって初めてで、ちゃんと最後まで抱いてあげられなくて……」
  申し訳なさそうに綱吉が告げるのに、獄寺は首を横に振った。
「そんなこと……俺のほうこそ……」
  言葉にして、内に秘めていた本当の気持ちを綱吉に伝えたかった。それが叶っただけでも、獄寺にとっては充分だった。これ以上を望んではいけないと、獄寺はごくりと唾を飲み込んだ。
「ね、獄寺君。これ以上はお互い、もう言わないことにしようよ」
  そう告げられた瞬間、獄寺は不覚にも、涙をポロリと零してしまった。
  真っ直ぐな綱吉の瞳が、獄寺をひたと見据えている。
「十代目、俺……」
  何か言わなければと思うのに、こういう時に限って、気の利いた言葉のひとつも出てこない。綱吉に比はないのだ。自分が悪いのだと言おうとした獄寺の肩に、綱吉の手がかかる。
  宥めるような綱吉の声に、獄寺は怪訝そうな表情をした。
  もしかしたら、嫌われたのだろうかと、ふと、そんな思いが獄寺の胸の内に沸き上がってくる。
「それにもう時間も遅いし、明日からの任務に差し障りがあったらいけないだろう?」
  そんなことはない、大丈夫だと、はっきりと口にすることができたら、どれほど楽だっただろうか。獄寺は胸の内の葛藤を押し殺して、頷いた。
「……はい。そう……です、ね……」
  追い打ちをかけるように、綱吉は言葉を続けた。
「じゃあ、シャワー浴びておいでよ、獄寺君。俺、その間に新しいシーツ出しておくからさ」
  獄寺は、弾かれたように顔を上げた。
「なに? どうかした?」
  小首を傾げる仕草は、昔とかわることのない無邪気な綱吉のままだ。
「あ、いえ……」
  獄寺は俯いて、のろのろとベッドから降りた。
  部屋に備え付けられたシャワールームに向かう。
  ひどく惨めな気分だった。



  獄寺がシャワーを浴びている間に、綱吉はベッドに新しいシーツをかけた。
  寝間着がわりのスエットを身につけるとシーツを持って、洗濯機のある場所まで行った。足音を忍ばせるのは、今も昔もかわらず苦手だ。物音を立てやしないかとおどおどしながら、洗濯機にシーツを放り込む。適当に洗剤を入れて、スイッチを押した。朝になって誰かが洗濯機の中に気付いたとしても、構わない。あのまま綱吉のベッドにかかったままよりははるかにましだ。シーツには汗と精液のにおいがついているような気がしてならなかった。そんなところで獄寺を休ませるのは忍びなくて、慌てて新しいシーツを出した。着替えも欲しいだろうと、獄寺の部屋に勝手に入ると、新しい着替えを一式揃えて自室へと戻る。
  獄寺は、まだシャワーを使っていた。
「獄寺君? 着替え、勝手に獄寺君の部屋から取ってきたよ。外に置いておくからね」
  ドアをノックして声をかけると、獄寺の声が返ってきた。
  どことなく裏返った声で、慌てているようだ。綱吉はその声に笑みを零すと、部屋に戻った。
  すぐに獄寺がシャワールームから出てきた。
  濡れた髪をタオルで拭きながら、恥ずかしそうに目を伏せている。
「おかえり、獄寺君」
  そう言って綱吉は、冷えたミネラルウォーターを差し出した。
「喉、渇いただろう?」
  黙ってそれを受け取ると、獄寺は綱吉の視線を避けるようにしてベッドに腰を下ろす。
「疲れた?」
  綱吉が尋ねる。
「いえ……はい、少し……」
  ペットボトルの蓋を指でなぞりながら、獄寺は答えた。
  中学生の頃の獄寺は、もっと感情表現が豊かだった。喜怒哀楽を素直に表現し、小犬のように綱吉にじゃれついていた。それが、いつからだろう、どことなく感情を抑えるようになったように見える。大人になって獄寺はわかりづらくなったと、綱吉は思っている。わかりづらくなった分、綱吉が獄寺を見つめる時間は以前よりも増えていた。
  獄寺が何を考えて、どう感じているのかを理解したくて、つい、視線が向いてしまう。
  今も、そうだ。
  ベッドに腰を下ろしたものの、じっとしている獄寺を、綱吉は見つめている。
  何と言えば、いいのだろうか。どうすれば獄寺の気分を理解することができるだろうか。
「ねえ、獄寺君。長期出張が終わって、獄寺君がここに戻ってきたら……その時は、ちゃんと最後まで、しようね」
  静かに綱吉は、呟いた。
  獄寺は、この言葉に頷いてくれるだろうか? 微かな不安を感じながら、じっと獄寺の顔を見つめる。
「──十代目?」
  顔を上げて、獄寺が不思議そうに綱吉を見遣る。
「イエスかノーか、どっち?」
  綱吉が尋ねると、獄寺の顔にさっと笑みが広がっていく。
  言葉で聞かなくても、獄寺の答えが綱吉にはわかった。
  ペットボトルを横に置いた獄寺の顎を指先でくい、と上げると、綱吉は唇を合わせた。ゴトン、と音がして、ちらりと目を向けた先では、ベッドから転がり落ちたペットボトルが所在なげに綱吉の視線から逃れようとしているところだった。



END
(2009.6.2)


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