『甘い香り』
頬に触れた指先の感触で、誰だかわかった。
うっすらと目を開けると、青いガラス玉のような瞳が見下ろしている。
「なんだ?」
かすれて、弱々しい声しか出なかった。
いつから自分はこんなに弱くなってしまったのだろうかと、ゾロは思う。
手を動かそうとしても、指一本動かすだけで全身の気力を使い果たしてしまいそうな感じがする。
「ああ、動くな。じっとしてろ」
そう言われてゾロは手を動かすことを諦めた。
自分がベッドに起き上がるより、この男の言うとおりにしておいたほうがはるかに効率的なことは、自分でも充分理解している。
じっとしていると、ひんやりとした感覚が唇に触れた。
男の指先だ。
かさついた指だが、ひんやりとして今は心地いい。
「さあ、食べろ」
するりと口の中に押し込まれたのは、よく冷えたゼリーだった。
甘酸っぱい無花果の香りが口の中に広がっていく。
「うまいだろう」
言われるまでもなくうまいと思った。
弱々しく口を開くと、スプーンにすくったゼリーをもう一口、口の中にそっと流し込まれた。 懐かしい味だ。
目を閉じると、生まれ故郷の空気に包まれているような感じがする。
ともすれば泣き出してしまいそうなほど弱っているのは、何故だろう。
鼻を鳴らすと、何もかも見透かしているんだぞと言わんばかりのサンジの眼差しと目が合った。
「とにかく今は、ゆっくり休めよ」
さらりと言われて、頷くより他はなかった。
結局、無花果のゼリーを全部食べきるまでサンジは付き合ってくれた。
最後の一口を口に滑り込ませると同時に、唇が塞がれた。
「んっ……」
口の中に差し込まれた舌が、ふにゃふにゃにとろけたゼリーだったものを少しだけ奪い取り、するりと逃げていった。
「レディたちには甘味が少し足りねえな」
そうひとりごちると、サンジは悪戯っぽくゾロを見下ろした。
「おとなしく寝てろよ」
ドアが閉まると、途端に部屋の中は静かになった。
一人きりの部屋は静かで、どことなくよそよそしい空気が漂っている。
仲間の気配がどこにもないというのは、こんなにも味気無いものなのか。
一人になりたいと思うものの、こうして実際に一人でベッドに横たわっていると、誰かにそばにいてほしいと思う。我が儘すぎるなと、ゾロは微かに笑った。
口の中にほんのりと残った無花果の香りを楽しみながら、ゾロはもう一眠りしようと、目を閉じた。
END
(H21.5.21)
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