『Sweet Birthday』
コツン、と頭を小突かれた気がしたゾロは、億劫そうに目を開けた。
ハンモックで眠っていたゾロの目の前には男部屋の天井が広がっている。
穏やかな心地よい潮風が、あかり取りの小窓から流れ込んできている。
「そろそろ起きろよ」
しばらくじっとしていると声がかかった。
頭を小突かれたのは、気のせいではなかったのだ。
首を巡らせると、サンジの黄色い髪が目の飛び込んできた。紗がかかったような色合いの金髪が、ほんのりと目に眩しい。
「もう、朝──か?」
尋ねた瞬間、サンジの顔が近づいてきた。
「ああ。いつもの時間よりは少し早い」
言われてみれば部屋の中に、男共の微かな寝息が響いている。皆ぐっすりと眠っているようで、これっぽっちも起きる気配はない。
ゾロは小さく笑ってサンジを見上げた。いつもは同じ目線の高さで見ていたサンジが、この時ばかりは大きく見える。
腕を差し伸べるとゾロは、サンジの首の後ろを軽く引き寄せた。
ゾロの意図していることがわかったのか、サンジは自分から首をひょいと下げる。
唇が軽く合わさり、柔らかな太陽のにおいがふんわりとゾロの鼻をくすぐった。
ちゅ、と音がする。
サンジのキスはいつも甘いかおりがする。毎日毎日キッチンで料理をしているからだろうか。それとも生来の体臭なのだろうか。どちらにしても、そのかおりはゾロの気持ちを穏やかにしてくれる。口を開けば喧嘩、喧嘩で端から見るとそうは見えないかもしれないのだが。
唇が離れていく。
見上げたサンジの口元は、わずかに残念そうな気配を漂わせていた。
いつもより少し早めに男部屋を後にした。
甲板に出ると、水平線の向こうが朝焼けの色に染まっていた。
少し遅れてサンジも部屋から抜け出してきたようだ。まだ火を点けていない煙草をくわえたままのサンジは、ズボンのポケットに無造作に手を突っ込んでいる。
「綺麗だな」
サンジが呟く。
部屋にいる時には気付かなかったが、外に出ると風はまだ少し肌寒い。夜が明けきる前の最後のあがきだなと、ゾロは何とはなしに思った。明け方の冷気はゆっくりと、昇り来る太陽の熱を含んであたたかくなっていく。水平線のはるか向こうのほうで、空の裾に茜色が広がり始めている。
二人で黙って水平線を眺めていると、不意にサンジがぽつりと呟いた。
「お前の誕生日だったな、今日は……」
ゾロは水平線をじっと眺めている。ここでサンジの顔を見たら照れてしまいそうで、何故だかゾロは、身動きすることもさえできなかった。
「オメデトウ」
低く言うと、サンジはそっとゾロにもたれかかった。
「ああ…──」
ゾロは何も言うことができず、頷いて、ただ腕にかかるサンジの重みだけを感じている。
太陽がゆっくりと、空へと上がってくるところだった。
朝焼けの中でキスをして、互いの背に腕を回した。
太陽の光が水面に反射して、きらきらと光りのプリズムを反射している。
こうして二人で抱き合っていると、それだけで気持ちが落ち着いてくる。ゾロは自然と口元に笑みが浮かんでくるのを抑えられないでいた。
誕生日など別にどうということはないと思っていた。ただ歳を積み重ねるための区切りの日なのだと、そんなふうにしかゾロは思っていなかったのだ。
「誕生日、ってのも、なかなかいいものだろう?」
もういちどサンジから、キスをしてきた。唇が離れてしまうと今度はその硝子玉のような瞳でゾロの顔を覗き込む。
「さあ、わからんな。何しろ、今日はまだ始まったばかりだしな」
返しながらもゾロは、今日一日ぐらいは誕生日を満喫してみようかと思った。
いつの間にか空にのぼった太陽が、じりじりと焼け付くような日差しを投げかけていた。下の船室からは仲間の声が聞こえてくる。
いつもと同じ、何の変化もない日常が始まる。
ゾロは密着していたサンジから身体を離すと、にやりと口元を歪めて笑った。
サンジが、同じようににやりと笑い返した。
「ケーキを作ってやるよ、特大のやつを。蝋燭を立てて、皆で祝ってやる。それから甘いカクテルだ。今日一日は、何が何でも誕生日気分を満喫するんだな」
ゾロは一瞬、きょとんと目を丸くした。それからすぐに了解の印にこくりと頷き、親指を立ててみせた。
「おうっ。満喫してやる」
END
(H15.10.15)
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