いつものように

  キッチンではサンジが鼻歌を歌いながら、何やら忙しそうにしている。
  ゾロは、そんなサンジをぼんやりと眺めながら、ちびりちびりとコップ酒を飲んでいた。
  何が楽しいのだろうかと、ゾロは思う。
  サンジは、昼食の後からずっとキッチンにこもりっきりだ。忙しなく立ち居振る舞い、何やらごそごそと料理を作っている。
  いつもの夕飯とは違い、手の込んだことをしているなということは、ゾロにでもわかった。いつもなら、こんな時間からサンジが料理をすることはない。こんな……昼食が終わってすぐに料理にとりかかるなんて、いったいどんな手の込んだ料理を作っているのだろうか。
「なあ、ちょっと味見してみるか?」
  いつの間に側に来ていたのだろうか。
  不意にサンジに声をかけられて、ゾロははっと顔を上げた。
  サンジが、笑っている。
  自慢の料理の味見をさせてやるのだと言わんばかりの、誇らしげな表情。口元の小さな笑みは、そんな彼の自信の顕れだろうか。
「味見?」
  いつもなら、そんなことはしない。
  酒のつまみにと、皆には内緒で摘み食いをさせてくれることはあっても、味見は未だかつてしたことがない。
  ゾロは怪訝そうに首を傾げ、サンジの顔を見た。
「ほら、口開けろ」
  有無を言わさぬ鋭い眼差しでギロリと睨み付けられ、ゾロは仕方なく口を開けた。



  サンジの指が生クリームをひと掬いした。
  ゆっくりと、ゾロの口元に差し出される。
  何故、自分が味見をしなければならないのだろうかと怪訝そうに、ゾロは口を開ける。
  舌を突き出すと、それだけが意思を持った赤い生き物のようにチロチロと蠢いているのがゾロの目の端に映る。
「ん……」
  クリームはほんの少し甘かった。ルフィやウソップ、チョッパーなら喜ぶ甘さ。サイボーグ野郎はどうだかわからないが、女二人も、味に関しては何も言わないだろう。少しだけ……そう、ゾロにしてみればほんの少しだけ、甘いように感じるだけだ。
  そして、口の中のサンジの指はほんのりあたたかかった。
「もう少しあっさりしているほうがいいか?」
  と、サンジが顔を覗き込んでくる。
  指がするりと口の中から出ていくと、ゾロは物足りなさを感じた。
「別に……」
  ぷい、と横を向いてゾロは返す。
  あまりにもサンジの顔が近くにあったから、つい、目を逸らしてしまった。恋人づきあいを始めてもう随分なるのに、いまだにゾロは、見つめられると照れくさく思うことがしょっちゅうだった。
  嫌いだからではない。
  ただ、純粋に恥ずかしいだけなのだ。
「はいはい。もうちょっと甘くないのをお前用に用意してやるよ」
  そう言うとサンジは、横を向いたゾロのこめかみに唇でさっと触れた。



  夕飯は、ゾロの誕生日パーティも兼ねていた。
  賑やかなのは悪くない。皆でワイワイ騒ぎながら、いつもより豪勢なサンジの手料理に舌鼓を打った。誰もが始終にこやかだった。
  食事が終わると、甲板に移動した。
  サニー号の甲板は広々としていて、ちょっとした宴会をしてもスペースが手狭で……などということはない。
  メリー号の甲板で何度バカ騒ぎをしたことだろう。ふと、そんなことをゾロは思い出した。仲間が増えるたびに甲板は狭くなっていった。それだけ密着度も増し、仲間同士の繋がりも強まったように思ったのは、あれは、自分一人の思い込みだったのだろうか。
「さあさあ、本日の主賓が隅っこで何やってんのよ」
  ナミに腕を引かれて、ゾロは甲板にセッティングされたテーブルの中央に座らされた。
「かーっ、うまそうだなぁ……」
  涎を垂らしながら大きな独り言を口にしたのは、ルフィだ。ちょうど、キッチンからサンジがケーキを持ってくるところだった。
「ほれ。これが、お前の分」
  そう言ってサンジは、小振りのケーキをゾロの目の前に置いた。
  小振りのケーキの上にはすらりと細い蝋燭があらかじめ立ててある。
「こっちは……皆の分」
  そう告げるサンジの手元目がけて、ルフィが腕を伸ばしてくる。うにょうにょと周囲を動き回るルフィの手をことごとく避けて、サンジはケーキをテーブルの上に他の料理と一緒に並べた。
「よーし、点火するぞ」
  楽しそうにウソップが、蝋燭に火を灯した。二本だけの蝋燭にゾロが怪訝そうな顔をして皆をぐるりと見回すと、サンジがニヤリと笑っていた。
「さすがにそのケーキに二十本も蝋燭を立てられねぇからな。一本が十歳分の勘定で、二本立ててんだよ」
  ニヤニヤと笑いながら、サンジが説明する。
  皆も楽しそうに、ゾロを見つめている。チョッパーに至っては、何やら期待の入り交じった眼差しでじっとゾロとケーキを凝視している。
「さあ、蝋燭の火を吹き消して」
  と、ロビンがゾロを急き立てる。
  ゾロは、蝋燭の火を吹き消した。
「誕生日、オメデトウ」
  広い広い海原に、仲間達の声が響き渡った。
  これまでと同じように、仲間たちは笑っていた。メリーに乗っていた時とかわらぬ雰囲気に、ゾロも大きく破顔した。



  甲板での宴会が終わると、皆それぞれに部屋に戻っていった。途中でその場で眠り込んでしまったお子様組は、フランキーがまとめて部屋に連れて行ってくれたようだ。
  一人サンジは甲板を片付け、キッチンを片付ける。
  ゾロは、キッチンの隅でサンジの背中をじっと眺めている。
  昼間と同じ位置で、同じようにコップ酒を片手にちびりちびりとやりながら、ぼんやりとしている。
「疲れたか?」
  洗い終わった皿を拭きながら、サンジが尋ねかける。
「ああ……いや、疲れては、ない」
  中途半端にゾロが返すと、サンジは最後の皿をシンクの脇に置いて、ゾロの方へと近付いてきた。
「二十歳になってもかわんねぇな」
  また、ニヤニヤと人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべているのだろうかとゾロが顔を上げると、サンジは至極真面目な顔つきでじっとゾロを見つめていた。
「誕生日、オメデトウ」
  さらりとそう告げると、サンジの唇がゾロの唇に降りてくる。
  あたたかな唇が、ゾロの唇をついばんだ。
「……それだけか?」
  不満げな表情でゾロは、サンジの袖口を掴んでいた。
「今は、な」
  と、サンジの指先がゾロの唇を軽くつつく。
「片し終わるまで、もうちょっと待ってろ」
  そう言ってサンジは、シンクのほうへと戻っていく。
  ゾロは、そんなサンジの背中をひと睨みすると、コップの中の酒をぐい、と煽り飲んだ。
  誕生日の夜は、そんなふうにしてゆっくりと更けていく。
  誕生日だからといって何か特別なことが起こるわけでもなく。いつもと同じだと、そんな風にゾロは思ったのだった。



END
(2007.10.29)



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