その想いは

  互いの身体を抱きしめ合った瞬間、ほんのりと煙草のにおいが鼻をついた。
  サンジのにおいだ。
  クン、と鼻を鳴らしてウソップは、サンジの体臭を深く吸い込んだ。
  よしよし、とサンジの手が、ウソップの背中を静かにさすっている。優しい手つきだった。油断していると不意に涙が零れ落ちそうになって、ウソップは慌ててサンジにぎゅうっ、としがみついた。
  泣いているところを見られないように、しっかり、しっかりと。
「馬鹿だなぁ……」
  小さく、からかうようにサンジが呟く。
  その呟きさえも、今のウソップには涙を呼び起こすだけで。
  さらにしっかりとウソップがしがみつくと、サンジはちゅ、と音を立ててウソップの髪にキスを落とした。
「てめぇが泣くこた、ねぇのに」
  優しい声だった。
  穏やかで、落ち着いていて。自分よりもずっとずっと大人の声だ。
  しがみついた手に力を込め、ウソップは鼻を啜った。
「ごめんな……ごめんな、サンジ」
  泣きながらウソップは、謝った。自分がしでかしてしまったことの重大さに改めて気付いて、そうでもしなければ自分の気持ちが納まらなかったのだ。
「謝るな」
  短く、やや厳しい声でサンジが告げる。
「お前が謝ると、俺が馬鹿みてぇだろ。お前の気持ちにほだされて、こんな格好している俺が馬鹿みてぇだろ」
  そう、サンジが言うと、ウソップは大きく鼻を啜ってサンジの顔を覗き込んだ。
「サンジ……」
  なんと滑稽なのだろう。肌も露わな格好をした二人の男が、ラウンジの片隅で抱き合っている。片方は鼻水と涙でドロドロの顔をして。もう片方は、ばつの悪そうな何とも言えない顔をして。
  裸で、抱き合っている。
  その事実にウソップは唇を噛み締めた。
  どちらからともなく好きになって、口づけを交わすようになった。グランドラインに入る頃には二人とも、キスよりも先の行為に進むことに興味津々になっていた。だけど、誓って言う。身体を繋げたのは二人とも今日が初めてなのだ。触れたいと思いながらも、ずっとずっと我慢していた。サンジに触れる特権を持ってはいるけれど、それをところ構わず行使する権利は自分にはないのだと言い聞かせてずっと我慢していたのだ、ウソップは。そのことにサンジが気付かないはずがなかった。いつの間にやらサンジのほうからべたべたと触れてきてはウソップのささやかな特権を満足させてくれていた。
  今日だってそうだ。サンジの方から言い出さしてくれなかったなら、ウソップは悶々とした思いを胸の内に溜め込んだまま、ハンモックの中で眠りについていたはずだ。
「触ってもいいんだぞ、てめぇは」
  低く、サンジが耳元に囁きかける。
「……うん」
  ウソップが頷くと、サンジはよしよし、と焦げ茶の髪の中に指を突っ込んでがしがしと掻き回した。
「ここも……な」
  と、ウソップの手をとり、自分の股間へと導く。先走りとジェルとでべたべたになったペニスを握らせると、サンジは照れたようにへへっ、と笑って言った。
「お前だけだからな、触っていいのは」



  泣きそうな顔をしてウソップは、大きく笑った。
  自分だけの特権を今、ウソップは手に入れたのだ。
  たったひとつだけの、大きな大きな、特権。
「それでな、長っ鼻」
  と、そう言ってサンジはウソップの耳たぶをペロリと舐める。赤い舌が艶めかしく踊るのを見て、ウソップはサンジの中に潜り込んだペニスがピクン、と爆ぜそうになるのを感じた。
「……ひとつだけ、約束しろ」
  命令口調でサンジが言うのに、ウソップはぼんやりと頷く。身体はそれどころではなかった。今、爆ぜるか、今、爆ぜるかといった状態でサンジの言葉に耳を傾けるのは、何とも難しい。ありったけの理性をかき集めて、ウソップはサンジの言葉に聞き入った。
「浮気はするなよ」
  絶対に、と念押しをされれば、そんなことはするもんかとウソップは言い返す。
  言い返しながらも、ウソップの限界が近付いてくる。
  ちらりと窺うようにサンジの顔をのぞき見て、ウソップは口を開いた。
「あ……あのさぁ……」
  もじもじと腰を揺らすと、感じるところに先端があたるのか、サンジは喉の奥に小さな悲鳴のような声を飲み込んで、ウソップの首にしがみついてきた。互いの身体の間にある、サンジのペニスがヒクヒクと蠢いて、白濁した先走りを溢れさせている。
「お前はどうなんだよ? サンジ、お前は……」
  言いにくそうにウソップが口をパクパクとさせていると、サンジは軽くその唇に指を押しあてた。
「レディは別だ。こういうことするのは、てめぇだけだ。覚えておけ」
  そう告げるとサンジは、勢いよくウソップの肩口に噛みついた。
「あんまり恥ずかしいこと言わすなよ」
  もぞもぞとサンジが腰を動かすと、内壁の締めつけがきつくなった。わざとやっているのか、それとも無意識のなせる技なのか。どちらにしてもウソップは、これ以上はじっとしていられなかった。
「サンジ……サンジ、サンジ……」
  掠れた声でウソップが、名を呼ぶ。
  腰を押しつけて、下から散々突き上げた。それでもその動きは優しく、緩慢で。
  穏やかな快楽に包まれて、サンジはイッた。トロリとした精液が、ウソップの腹を汚し、二人の陰毛に降り注いだ。
  満たされた想いだけが、二人の間にはあった。
  静かで、穏やかな時間と関係に、二人は満足していた。
  これからもきっと、こんな穏やかな関係が続いていくのだろう。優しい気持ちになれる、静かな時間が集まって、二人の時になる。
  この想いは、いつの時にも優しい気持ちに満ちているから──



END
(H17.3.17)



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