「……誕生日の夜くらい、好きにさせてくれよ」
小さな声でポソリと告げた途端、ウソップの唇をサンジの唇が勢いよく塞いでくる。
ちゅっ、と音がして、何が何だかわからない状態のまま、口の中に舌を差し込まれた。
ぬるりとした感触が、ゆっくりとウソップの口の中を蹂躙していく。
「んっ……んんんっ……」
後ずさろうとした途端にサンジの手がウソップの腰を捕らえ、逃がさないとばかりに強く抱きしめた。
「ん……ぅ……」
甘い鼻にかかったサンジの声が、ウソップの下半身を直撃する。
サンジの舌はウソップの口の中を丁寧に舐め取っていく。サンジの舌は、ウソップが思っていたよりも滑らかな感触をしている。
「…は……ぁ……」
唇が離れると、サンジは小さく息を吐いた。
「なんで……」
ウソップが掠れた声で尋ねかけると、至極真面目な顔をしてサンジが言った。
「なんで? そりゃ、こっちのセリフだ。なんで、俺が欲しいと言わねえ?」
静かに尋ねられ、ウソップはただただ押し黙るしかなかった。
ほんのひと月ほど前に、サンジとウソップはお互いの仄かな気持ちに気付いた。それからは仲間の目の届かないところで手を繋いだり、見張り番に当たった夜に二人でひとつの毛布にくるまって夜明けまで話し込んだりすること何回か。キスは、確か一度だけ。サンジの誕生日の翌朝にこっそりと、皆が起きてくる前に唇と唇とを軽く合わせる可愛らしいキスを、した。
それだけだ。
以来、その先の行為に進みたいと常に頭のどこかで思っていたものの、そこまで進む勇気がウソップにはなかった。
ひとつには、ウソップのほうが年下だからという引け目があったからだ。
年下のウソップが、年上で男のサンジを抱きたいと……組み敷いて、女のように仲間であるサンジを抱きたいと思うことに対して、ウソップ自身が罪悪感を感じていたからに他ならない。
かといって、自分がサンジに抱かれるのも想像し難く、考えただけでもあり得ないことのように思われた。
だから、誕生日の夜ぐらい、そういったサンジとのあれやこれやを考えたくないと告げたのだ。
だから、口にすることさえできなかったのだ──
宴会の後のキッチンは、静かすぎて少し寂しかった。
ナミもロビンも部屋に引き上げた後のこと。騒ぎ疲れたルフィとチョッパーは甲板で眠っていたが、ちょっと前にキッチンを後にしたゾロが部屋に連れて行った。
キッチンには、サンジとウソップの二人だけ。
しんとした空気が、肌に痛い。
「言えよ。なあ、鼻」
すがめたサンジの瞳は剣呑な光を放っている。
「オマエが欲しい……って、そう言えよ」
低く掠れたサンジの声に、ウソップの肌が総毛立つ。
「ぅ……」
言い淀んでいると、サンジがすっと体を寄せてきた。日焼けして浅黒いウソップの頬を白い両手が包み込み、軽く触れるだけのキスをした。
「俺は……」
サンジの声が掠れているのは、欲情しているからかもしれない。
「──俺は、オマエが欲しい」
そう言って、もう一度キスをする。
「こうしてキスをするのもいいが、それ以上のことをしたいと思っている。なあ、長っ鼻。俺ァ、オマエに抱かれたいんだよ。それがなんで、わかんねぇんだ?」
真摯な眼差しがじっとウソップを見つめている。
ウソップだって同じ気持ちなのは間違いない。ただ、自己中心的な勝手な思いでサンジを傷付けたくないというだけで。
「……それぐらい、わかってるさ」
小さく呟くと、サンジの手がそっとウソップの顎のラインを撫でた。
「じゃあ、俺を抱けばいい」
なんでもないことのように、サンジは告げる。
抱けば、サンジはきっと傷つくだろう。それはメンタル面での傷ではなく、肉体的な傷として、ウソップはサンジを傷付けるはずだ。傷付けたくないと、ウソップは首を横に振った。
「欲しい……欲しいんだ、サンジ。けど、ダメだ」
ひとたび抱いてしまえば、サンジから離れられなくなる。傷つけてまでサンジを苦しめることはしたくないと、ウソップは首を横に振った。
「キス……だけじゃ、ダメか?」
首を傾げてお伺いをたてるウソップに、サンジは淡く微笑んだ。
「ダメだ」
きっぱりと言い切ると、サンジはウソップのオーバーオールを脱がせはじめる。
「今夜。たった今、この瞬間じゃねぇと、ダメだ」
キッチンの壁際へと追いつめられたウソップは、覆い被さるような体勢をとったサンジの口づけを半ば強引に受け入れさせられた。
「なあ。あんまり勿体ぶってっと、浮気するぞ?」
キスの合間に、サンジは掠れた声で小さく囁く。
「う……わき?」
考えられないことではなかった。
本来のサンジは無類の女好きだ。ウソップと付き合いはじめてからも、ことあるごとに女の子たちを追いかけている。出会った時からそうだったからウソップ自身、気にもとめていなかったことだが、サンジが、ナミやロビンといつの間にかいい雰囲気になっていることだって、絶対にないとは言い切れない。
むしろ、男の自分と恋人同士であることのほうが不健全なのだから、いつかサンジが女の子のほうに目を向ける日がやってきたとしても、サンジ一人を責めることはできないだろう。。
「そっ……そんな……」
情けない声を出した瞬間ウソップは、ガツンと頭突きを食らわされた。
「痛ってぇ……」
「阿呆か。本気にするな」
口元をとがらせ、拗ねたようにサンジ。
「……それが嫌なら、オマエがしっかり俺を捕まえておけばいいことだろうが。ああ?」
そう言われて、ウソップは不意に、「ああ、そうか」と納得した。自分がしっかりサンジを捕まえておけば、どんなに他の女の子たちに目を奪われていようとも、自分以外の誰かをサンジが本気で好きになったりするはずがない。逆に言うと、サンジがこうやってウソップに迫ってきている間は、二人の仲が壊れることはないだろう。
いつまでたっても恋人に手を出さないヘタレだと愛想を尽かされる前に、恋人としてサンジの思いを叶えるのには、今がちょうどいい時期なのかもしれない。
──そう、すべてはウソップの気持ちひとつにかかっているのだ。
「そうだよな……うん、そうだよな」
呟き、ウソップはサンジを見上げた。
「俺たち、恋人同士なんだよな?」
今までウソップがサンジを傷付けるのが恐いと思っていたのは、あれは、自分がサンジよりも優位に立った気持ちで思っていたことではないだろうか。無意識のうちに自分は、サンジを、貶めていたのかもしれない。自分よりも弱い立場の人間と見なしていたのかもしれない。
「恋人同士に決まってるだろ」
ムッとしたように目をすがめて、サンジが言う。
「ごめんな」
ウソップはそう告げると、そっとサンジにキスをした。
「誕生日の夜くらい、好きにさせてくれるか?」
静かにウソップが尋ねる。先ほどのように自分中心的な我が儘から出た言葉ではなく、今度の言葉には気持ちがこもっていた。ウソップの言葉に重ねるようにして、サンジもキスを返す。
「どんな風に?」
じっと見つめるサンジの瞳の真摯さに、ウソップは顔を赤らめた。指でそっとサンジの唇をなぞると、その跡をさらになぞるように軽く舌でペロリと舐める。
黙ってウソップはサンジの首に腕を回した。腕に力を入れると、身長の割に華奢な体がゆっくりと胸の中に崩れ落ちてくる。
ほんのりと、バニラエッセンスの香りがウソップの鼻をくすぐった。
「──…こんな風に」
掠れた声でウソップが宣言した。
サンジの腕が遠慮がちにウソップの体を抱きしめる。
「オマエが痛かったり苦しかったりするのは嫌なんだ。オマエを抱きたいと思うのは、悪いことだと思っていたから、ずっと気持ちを抑えていたんだ」
多分、最初にキスした時から。
サンジの耳元に、そっとウソップは告白する。
「だから……」
「もういい。言うな。オマエが、オマエなりに俺のことを考えていることはちゃんとわかってたさ」
そう言ってサンジは、ウソップの頬を両手で軽くパチンと叩いた。
「だから、誕生日の夜くらいは好きにしようぜ?」
カラカラと笑って、サンジはウソップの肩に額を押し当てた。
「ゆっくりでいいから」
(H19.4.8)
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