あの月の光のように

  夕暮れの水平線を眺めながら、こっそりとキスをした。
  いったい、今日、何度キスをしただろう。
  仲間たちの目を盗んで二人だけの時間を作ることは、海の上ではそうたやすいことではない。陸の上ならばともかく、ひとたび海に出てしまうと、二人だけのスキンシップはなかなか思うようにはいかないことも多く、つい我が儘を口にしてしまうこともあった。
  それでも、一日のうちに何度もこうやって触れ合わなければ、この年上の恋人は安心できないようだった。
  仲間たちの視線から逃れるとは、サンジはウソップに触れてくる。
  唇に触れるキスも、肌に触れる指先も、何もかもが愛しい。もっと触れてほしいし、もっと触れたいと、ウソップも思う。
  お互いに好き合っているのだから、当然のことだろう。
  初めて肌を合わせたのは月明かりの下でだった。
  顔の割にロマンチストなウソップは屋外での行為を最初から嫌がっていたが、結局のところサンジに根負けせざるをえなかった。
  船尾の暗がりで年上の恋人にねだられるままに口づけを交わし、シャツの下の白く滑らかな肌に指を這わせた。
  恋人の肌は、吸い付くような手触りをしていた。常に水仕事をこなす手は他の男たちよりも荒れているものの、肩口や背中の皮膚のきめの細かさはナミやロビンのような瑞々しい肌を思わせた。
  恋人とのキスは煙草の香りがしていたが、そんなこともウソップには気にならなかった。艶のある声で喘ぐその姿に惹かれこそすれ、マイナスの感情を持つことは一度としてなかった。
  どこで手に入れたのか、サンジの持っていたジェルをたっぷりと使って挿入させられた。そう、サンジのほうからのしかかってきたのだ。嫌がるウソップを強引に引き寄せ、腰が抜けて座り込んだところに乗り上げたのはサンジだ。自ら尻の穴を両手で観音開きに引っ張りながら、ウソップの性器に腰をおろしていった。
  それだけサンジは、ウソップに夢中だったのだ。



  軽く酔った状態のサンジが、クスクスと笑いながらウソップの手を引いて歩く。
  月の光が淡い金色の光を放つ夜のことだ。
  ウソップだけに見せたいものがあるのだと告げたサンジは、深夜、皆が寝静まるのを待って行動を起こした。
  しんと静まりかえった甲板を、足音を忍ばせて二人で歩く。
「な…なあ、サンジ。どうしよう、ってんだよ?」
  恐る恐るウソップが尋ねる。
  仲間たちに隠れてこっそりというのが、ウソップの性には合わないらしい。おどおどとしたその仕草に、サンジは淡い笑みを浮かべる。
「心配すんな」
  そう言うと、サンジは繋いだ手に軽く力をこめた。
  お互いに好き合っている同士だというのに、未だにウソップは一歩退いたようなところがある。
  普段のウソップでいいのにと、サンジは思う。
  よそ行きの顔をしてくれと言っているわけではないのだ。いつもの、おちゃらけて愉快なウソップだから好きになったのだ。気弱で臆病ではあったが、ここぞという時に見せる男気に、サンジは惚れていた。なんだかんだと言いながらも一人前の男に成長しようとしているこの男は年下で、今はまだ弱い。それでも、なかなか見込みのある男だとサンジは思っている。そんなウソップでなければ、きっと好きにはならなかった。
  そして、この男の臆病なところが好きだと、サンジは思った。
  ある種の庇護欲をかき立てるようなウソップの臆病さと優しさに、間違いなくサンジは惚れている。
  守ってやりたいというのではない。
  そうではなくて、他の仲間に比べてゆっくりとではあるが、この男が強くなっていく成長の過程を、いちばん近いところから見守っていたいと思う。その成長の過程の中に、自分という人間も関わっていたいと、そんなふうにサンジは思っているのだ。
  臆病なのは、悪いことではない。優しさも、必要だ。そして今、この男に必要なのは、前へ進むための後押しだ。
  だから、時には冒険に誘い出すことも必要なのだ、と、サンジは口元を微かに緩ませる。
  今夜はこの男をどうやって料理してやろうかと、そんなことを胸の内で考えながら。



  男二人が入るには少々狭い見張り台で、キスをした。
  メリー号のいいところは、こんなふうに密着しやすいところだ。
  この先、仲間が増えて船を乗り換えなければならなくなったら、こんなふうに人目を忍んでキスをすることはできなくなるかもしれない。
  男の潮焼けした髪をひっ掴んで頭を引き寄せると、唇を何度も合わせる。
  口の中に舌を差し込んでいくと、ウソップは身じろぎをした。
「嫌か?」
  唇を寄せたまま、サンジは尋ねた。
  おそらくウソップが躊躇っているのはここがメリー号の見張り台だからだろう。
  甲板はダメ、キッチンもダメ、格納庫もダメとくれば、残された場所はここしかない。二人きりになれる場所は、メリー号にはいつだって不足しているのだ。
「嫌じゃねえけど……でも、見せたいものがあるって……」
  唇をとがらせて、ウソップが口ごもる。見せたいものがあるというのは単なる口実だったということは、ウソップにもわかっているはずだ。最初からサンジは、スキンシップを望んでいたのだから。
  その様子が可愛いと、サンジは口元を綻ばせた。
「嫌じゃねえなら、俺にキスしろ」
  キスをして、その先に進めと暗に示してやると、ウソップはおどおどと手をさしのべてきた。
  頬に触れる指先は、風のように優しかった。
  ふわりと両手で頬を包まれたと思ったら、ウソップはそっと唇を合わせてきた。
「ん……」
  ぷっくらとした唇の感触を楽しんでいると、サンジの下唇を、おずおずと舌がつついてくる。微かに唇をひらき、焦らしてやる。こちらから唇の端に舌を差し出すと、ウソップの舌を自らの口の中へと誘いこんでやった。
  たったそれだけのことなのに、ウソップの手はじっとりと汗ばんでいる。
  スマートじゃないところがまた、いい。ひとつひとつの反応がウブで、それがサンジにはたまらない。今はまだ、サンジの言葉に従順であろうとしているところが一途にも見えるし、好ましくも映る。
  恥ずかしがり屋の恋人は、まだまだ恋愛初心者なのだ。



  だからこそ、まだ、足りないものがある。
  キスは、自分から誘ってやった。あれやこれやのお膳立てもしてやるし、セックスだって、自分の方から誘うことすら厭わない。
  ただ待っているだけで、何一つアクションを起こそうとしない目の前の男がどうしたら成長するのか、サンジはあれこれ考えてきた。
  本人が知ったら大きなお世話だと罵られそうだったが、それでも、自分の欲望を堪えるよりはずっと容易いことのように思われた。
「……次は?」
  何度もキスを交わしてサンジの下唇がぷっくらと色づく頃、ウソップが顔をあげて尋ねてきた。
「あ……え……?」
  聞き返すと、ウソップはぶっきらぼうに口の中で呟いた。
「次だよ、次。次、何やればいいんだよ?」
  暗がりの中でも、気配でわかった。おそらく耳まで真っ赤にしているのだろうウソップは、照れているのか、フイと顔を背けた。
  本当はわかっているくせに、ウソップはその先へはなかなか進もうとはしない。サンジのお許しを待ってからでないと先へと進むことができないのかというと、そうでもないらしい。
  まだまだサンジに前を歩いていてほしいのかとそっとウソップの顔を伺うと、偶然、目があった。
「次は……お前の好きなようにすればいいんだよ、バーカ」
  軽く言い流すとサンジは、着ていたシャツの袖を片方だけ脱いでみせる。
  すぐにウソップの手が、サンジの肌に触れてきた。胸の中央に手のひらをあて、ゆっくりと喉元に辿り着く。そのまま顎をするりと撫でて、サンジの頬を包み込んだ。
「何回ヤッても照れるな、こういうのって」
  へへ、と笑いながらウソップが呟いた。
  照れ隠しのつもりなのだろうか。
  サンジもへへ、と笑うと、ウソップの手に自分の手を重ねた。
「そりゃ、お互い様だろ」



  いつの間にかサンジの下衣は剥ぎ取られていた。
  唾液で湿らせたウソップの指が、ゆっくりとサンジの尻の襞を掻き分け、入り込んでくる。
「ん、ん……」
  臆病ではあっても、肩幅はサンジよりもある。しがみついた背中の筋肉に安堵して、サンジはホッと溜息を吐いた。
「なあ……」
  口を開くと、サンジの声は掠れていた。こんなにも目の前の男に欲情しているのかと思うと、自然と笑みが零れる。
「指じゃないのが、欲しい」
  男の目を見つめてサンジが強請ると、中に潜り込んだ指がぐにぐにと蠢き、抜き出される。その瞬間の表情さえも、ウソップには晒け出して見せたいと、サンジは思う。
  だらしなく口を半開きにして小さく呻くと、口の端から涎がたらりと零れた。顎に伝い落ちた涎をウソップが舌で舐め取ると、ざらりとした感触がして、それがあまりにも気持ちよくて、サンジは身震いをした。
「……中に出してえ」
  耳元でお伺いを立てる年下の男が愛しくて、サンジはぎゅっとしがみついていく。
「中に、くれよ」
  そう言ってサンジが顔を上げると、夜空に浮かぶ月がひときわ美しい輝きを投げかけてきた。
「全部、俺にくれ」
  甘えるように、サンジは言った。
  微かに首を縦に振ったウソップは、サンジの胸元に唇を落とす。
  その夜、ひとつだけ残した所有の印は、月の光の下で誇らしげに輝いていた。



(H20.8.5)



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