再会の時は、さらりと自然にやってきた。
気付いたら目の前に、ヤツはいた。
二年前よりも逞しくなった体付き、幼さの抜けかけた頬の輪郭。そして何よりも、ふてぶてしさを映すようになった、真っ直ぐに前を見据えるこげ茶色の瞳。
ああ、やっぱり自分はこの男のことが好きだったのだと、サンジは思う。
胸の奥底であんなにも会いたいと思っていた相手が今、目の前にいる。そう思うと体中の血が沸き立ち、愛しくてたまらなくなってくる。
向こうは、自分のことをどう思っただろう?
二年ぶりに顔を合わせた懐かしい仲間としか思わなかったとしたら、あの男はとんでもない薄情者だ。
サンジとウソップは二年前には確かに恋人同士だった。
子どものままごとのような関係でしかなかったが、それでも互いに相手のことを想っていたし、大切にもしていた。ナミやロビンを初めとする女性たちに対する気持ちとはまた異なった種類の想いを、サンジはウソップに対して抱いていた。
サンジなりの愛情を示していたし、もちろん体の関係だってそれなりにあった。
それが、シャボンディ諸島での一件で離ればなれになってしまった。
ちょうど、これから互いの気持ちを固めていこうとしていたところだった。体だけではなくて、どこにいたとしても互いの気持ちはブレることなく相手に向いている、そんな関係を築いていこうとしていたところだったのだ。
せっかくの蜜月を別れ別れに過ごした後で、どんな顔をして会えばいいのだろうかとサンジはあれこれ考えていた。再会を待ち望みながら、ずっと離ればなれでいたままのほうがいいのではないかと真剣に考えたこともあったほどだ。
それでもやはり、会いたいと思わずにはいられなかった。
愛しい恋人に、触れたい、キスしたい、抱き合いたいと思わずにはいられなかった。
二年前から止まったままだった気持ちが、再会したことで少しずつ現実味を帯びてくる。 早く、ウソップに触れたかった。
仲間たちとの再会を喜びながらもサンジは、人気のない物陰へとウソップを連れていく。 出航するまではひと目が気になるし、出航してからも仲間たちの目が気になってウソップになかなか近付くことができないのがもどかしかった。
我慢の限界もここまでとばかり、コーティングしたサニー号が海に潜るが早いか、ウソップの手を引いてキッチンへ駆け込んだ。
「手伝え、鼻」
横柄にそう一言告げると、ウソップはブツブツと文句を言いながらもサンジの言いなりになって後をついてくる。キッチンカウンターの向こう側で、じっとサンジの指示を待つ男が可愛くてならない。
「どうだ、少しは強くなったのか? この二年でちゃんと成長したんだろうな?」
こんな話がしたいわけではないのに、何を言えばいいのかわからないのが酷くもどかしい。
チッ、と舌打ちをするとサンジは、ちらりと目の前の男へと視線を向ける。
「任せとけって。ちゃんと成長したんだぜ、俺様だって」
胸を張ってそう告げるウソップの表情は誇らしげで、どこかしら眩しく思える。
「そうか。頑張ったんだな、お前も」
ポツリと、くわえ煙草のままサンジが尋ねる。
「お前……ジジむさくなったな、サンジ」
眉間に皺を寄せてウソップが呟く。
「ああ?」
ギロリと睨み付けるサンジの視線に、ウソップは慌てて言い直した。
「さっ、さすが年上! 格好良さ倍増だな、サンジ!」
背中に嫌な脂汗をかきながらウソップがそう言うと、サンジはニヤニヤと口元を緩める。現金だなと自分でも思いながら、しかし嬉しさを隠すことが出来ないでいる。たとえ本当のことではないかもしれなくても、恋人に褒められるのは嬉しいものなのだ。
「そうか? じゃあ、そこに座れ」
そう告げてカウンターを顎で示す。ぎこちない動作でウソップがカウンターのスツールに腰をおろすのを見届けてから、サンジは身を乗り出した。
カウンターテーブルに手を付いて、ウソップの頬に手をやり、くい、とこちらに向き直らせる。
「あ? なんだ?」
きょとんとした表情が、可愛らしい。
年下の男の素直な眼差しが、愛しくてたまらない。
掠めるように唇をさっと奪うと、至近距離でサンジは笑った。
「──ごっそーさん」
触れたくて、触れたくて。
とりあえずキスは、奪った。
次はどうしようとサンジは思う。
予告無しの通り魔めいたキスに警戒したウソップは、ピリピリとした空気を纏ってスツールに座っている。
内心、嫌ではないくせにとサンジは思う。
本当はウソップだって、サンジと再会して嬉しいはずだ。キスして、抱き合って、二年間のブランクを埋めたいと思っているはずだ。
だけどタイミングが掴めない。
二年間の開きは、二人の間にあった親密さをぎこちないものへとかえてしまっていた。
仕方のないことだということはわかっているが、腹立たしいことこの上ない。
せっかく親密な仲になったというのに、これではまた昔に逆戻りだ。肌を合わせる前の二人の、どこかしらぎくしゃくとした関係の頃に戻ってしまったかのようだ。
「なあ。この二年間、何してたよ」
何の気なしに尋ねると、ウソップはずっと修行をしていたと返してくる。
小さな島で、来る日も来る日も体を鍛え続けていたのだと言う。走って、走って、走って。それから狙撃の腕を磨くことに専念していたのだ、と。
それが悪いことだとは思わない。自分だって似たようなものだ。来る日も来る日も、思い出すのもおぞましいような化け物たちと戦って、自分を鍛えることに専念していた。どっちも似たようなものだとサンジは小さく笑う。
だが、その合間に、少しでも恋人のことは考えなかったのだろうか?
ふとした拍子に思い出す、恋人のにおいや、熱、耳に残る声。器用な指先がサンジの肌を辿る時、丁寧に時間をかけていいところ探ってくれる。焦れて体が疼いて仕方なくなってくる頃合いを見計らって、ウソップはいつもサンジの中へ入ってくる。そんなことを思い出して、体が熱くならなかっただろうか?
ちらりと男の顔をうかがうと、彼はしごく真面目な様子でサンジを見つめていた。
「俺も……サンジに会いたくて、仕方がなかった」
カウンターに肘をついて、ウソップは告げる。微かな笑みを浮かべる口元に、キスしたいとサンジは思う。抱き合いたい、とも。
じりじりと焦れったいような気持ちが押し寄せてきて、ひっそりとサンジの体温が上昇を始める。
──欲しい。
目の前の、この男が。
唇をペロリと舐めると、サンジはカウンターの向こうからウソップに笑いかけた。
水回りの仕事をするためにキッチンに来たというのに、いつの間にかサンジは、ウソップと抱き合っていた。
カウンターに背中を預け、恋人の唇に夢中になっていた。唇を合わせ、舌を絡め合い、深く深く舌を絡める。唾液を啜ると腹の底から体が熱くなってくる。
「んっ、ふ…ぅ……」
クチュ、と湿った音がして、その音にさらに体が煽られる。
ウソップの手が、忙しなくサンジの体の上を這い回っている。
これっぽっちも遠慮はなく、我が物顔でサンジの体に触れている。二年前には考えられなかったような進歩だ。
ククッ、と喉の奥でサンジが笑うと、不思議そうにウソップが顔を覗き込んでくる。
「ちゃんと成長してるじゃねえか」
小さく笑いながらサンジが言うと、ウソップは怪訝そうに眉をひそめた。
「そりゃ、二年もあれば成長するだろ」
憮然と返すウソップの表情がおかしくて、またサンジは笑う。
この男でよかったと、サンジは思った。この男に恋をして、体を重ねてよかった、と。
二年のブランクすら愛しく思えるのは、相手がこの男だったからだ。
しがみついて深く唇を合わせたサンジは、ウソップの腰に足を絡めた。
「早く、お前が欲しいんだ──」
欲しくて欲しくて、たまらない。
自らの腰をぐいぐいと押しつけるとサンジは、高ぶった股間の熱を相手に教える。
「仕方ないな」
低く呟いたウソップの自慢の鼻に、チュ、とキスをする。
二年なんて、ブランクにもならないブランクだ。
抱きしめた男のにおいをいっぱいに吸い込んで、サンジはこっそりと思った。
(H23.11.5)
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