『キスとコーヒーカップ 2』



  甲板で惰眠を貪っていると、サンジの気配がすーっ、と遠のいていくのがわかった。
  ああ、買い出しに行くんだったな──と、ぼんやりとそんなことを思っていると、また気配が近づいてくる。ひんやりとしたものがゾロの頬に押し当てられ、ついで反対側の頬にやわらかな感触が降りてきた。
  目を閉じたまま、ゾロはサンジの腕を捕らえた。
  笑っている。目を閉じて、サンジの気配を感じた。煙草のにおいの混じった甘い吐息がゾロの頬にかかる。
「俺が戻ってくるまで、ここにいろよ?」
  子供を相手にするときのように、辛抱強くサンジは言った。
  何を馬鹿なことを、と思いつつもゾロはうっすらと片目をあけて返した。
「おう」
  その言葉に安心したのか、サンジは微かに口の端を吊り上げて笑うと背を向けた。ゾロが薄目をあけてじっとサンジの背を見送っていると、船を下りる直前にサンジは背を向けたままの格好で右手をあげて小さく振る。それを機に、ゾロは再び目を閉じた。
  一人きりのメリー号は穏やかな陽光に包まれており、静かだった。
  船底にあたる波の音が子守歌となってゾロの耳に響いてくる。
  海上にいると確かに不便なことも多い。しかし、それでも、その不便ですら気にかからなくなるほどのものが海の上にはあった。強くなりたいと望む気持ちだ。今よりももっとずっと、強くなりたい。遠い昔に誓った夢を叶えるために、誰よりも強くなることが今のゾロの求めるものだったが、いつの間にかもう一つ、別のものが彼の心の隙間には入り込んでいたようだ。
  情けないほどにみっともないしかめっ面をするとゾロは、深い溜息を吐いた。
  誰もいないからこそできる顔だった。



  買い出しの合間にサンジは、偶然目に付いたリカーショップに立ち寄った。
  当の本人は微塵も気付いていないようだったが、誕生日の主役に酒瓶の一本もプレゼントにつけてやらなければ可哀想だろうと思ってのことだ。
  甘口よりも辛口が好きなゾロのために、地酒を一本。それから二人でグラスをあわせるために、甘口のワインを一本。買い出しの品と一緒に二本の酒瓶を腕に抱え、サンジはメリー号へと足を急がせる。
  夕食を済ませたらナミやロビンや他の仲間と合流するつもりなら、急いだ方がいいだろう。
  どうせ食事の後には……と、そこまで考えてからサンジは、自分がやたらと盛っていることに気がついてしまった。
  そりゃ、そうだろう、と口の中で言い訳がましく呟いてみる。
  この前、ゾロと肌を重ねたのはいったいいつのことだろう。同じ船の中で四六時中顔を合わせているというのに、何故、こんなにも触れ合う時間が短いのだろうか。これまでにセックスしたのはほんの数えるほどでしかない。もしかしたらそのせいで、自分たち二人は恋人かどうかの危うい関係を続けることになっているのかもしれないと、サンジは真剣に考えてみた。



  気がつくと、食事のにおいがどこからともなく流れてきていた。
  いつの間にかサンジが船に戻ってきて、夕飯の用意を始めたのだろう。
  ゾロはぼんやりと目をあけると、大きくのびをしてこわばった筋肉を解しにかかる。腕や首を動かすと、関節がゴキゴキと鳴った。胃袋がきゅぅっ、となって、グーグーと音を立てている。
  キッチンまで大股に歩いていくとゾロは、まるでお腹をすかせた悪戯小僧のような顔をしてドアを勢いよくあけた。
  物音に気付いたサンジがこちらを見ていた。
  透けるような青い眼差しが、決して口に出すことのないゾロの胸の内を見透かしているかのようだ。
「……戻ってたのか」
  声をかけると、サンジはぶっきらぼうに返した。
「おう。もうすぐメシができるから、ここに座って少し待ってろ」
  そう言われてゾロは黙ってベンチに腰掛ける。目の前に並ぶ料理からはおいしそうなにおいが漂ってきている。空腹感で、胃がきりきりと痛む。
  それでもお預けを喰らった犬のようにじっとゾロが待っていると、目の前にトン、と空のグラスが置かれた。
「よし、食うか」
  どこかいつもとは違う雰囲気がしていた。
  これから何が始まるのだろうかとゾロが少しばかり身構えてサンジを見つめると、やけに神妙な顔をしてサンジは目の前のグラスに紅い血の色の液体をそっと注いだ。
「ハッピーバースデー、マリモ剣士」
  にやりと、悪戯っぽくサンジは口元に笑みを浮かべた。



  二人きりの夕飯が終わると、何となく穏やかな空気の中で二人は抱き合った。
  どちらからともなく顔を寄せ、口づけを交わした。
  ほんのりと香る甘いアルコールの香りは、あの紅い液体の香りだ。ゾロだけにと、食事の後からサンジは別の酒を出してきてくれた。辛口の酒は口の中をすっきりとさせ、ゾロをいい気分にさせた。
  これまであまり誕生日など気にしたことのないゾロだったが、今夜のようなことがあると、いいものだなと思わずにはいられない。
  サンジの唇に深く深く吸い付きながら、ゾロは片手でそっとシャツの下から手を差し込んだ。
「……んっ」
  ピクン、とサンジの身体が小刻みに揺れる。
  ちらりと盗み見たサンジの目元はほんのりと朱色に色づき妖しい色香を放っている。
  吸い付くような手触りの肌を下から撫で上げ、胸板に辿り着く。指先が乳首のあたりを掠めると、再びサンジの身体が揺らいだ。
「どうする? 今からナミやルフィたちと合流するか?」
  ゾロがそう問うと、サンジは深い溜息を吐き、首を横に振った。
「いいから……続けろ」
  そう言い終わるか終わらないかのうちに、サンジはゾロの首の後ろをぐいと引き寄せた。
「それは、今夜の主賓が気にすることじゃないだろう、ああ?」






To be continued
(H16.10.17)



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