甘い花1

  唇を合わせる瞬間、花の香りがしたような気がした。
  柔らかな唇に自身の唇を深く合わせると薬研は、舌先でぬるりと歯列をなぞってやる。
  恥ずかしそうにおずおずと春霞が唇を開くのを待って、舌を口の中へと潜り込ませる。
  クチュ、と音を立てて舌を吸うと、ピクン、と春霞の体が微かに震えた。こんなに初心な反応を返すくせに、これで大人の女だと言うのだから始末が悪い。
  そっと唇を離すと、春霞はおどおどと俯く。
  少し前に祝言を挙げ、もう何度も体を繋げているというのにこの反応は狡いだろう。
「今夜は大丈夫か?」
  先週は確か月の障りとかで触れさせてももらえなかった。そのことを揶揄するように薬研が尋ねると、春霞は俯いたまま小さく頷く。
  そんなに恥ずかしがらなくてもと、薬研は思う。
  夫婦になったのだから、肌を合わせることは当然のことだろう。
  お互いに気持ちを交わし合い、肌を重ねる行為に対して春霞はどこかしら罪悪感めいたものを持っているようにも思われる。
  それとも、と薬研はこっそり鼻白んだ。
  他の男のことでも考えているのだろうか、と。
  今朝がた、褥の中で春霞が陸奥の名前を寝言で呟いていたのを薬研は知っている。
  とうの昔に折れていなくなってしまった陸奥守は、春霞の初期刀だった。薬研が春霞と出会うよりも一足早く、二人は出会っていた。
  別にそれが悪いことだとは言っていない。ただ、陸奥の夢を見たことで舞い上がった春霞の様子を見ていると、まるで色気づいてきた小娘のようで少し腹立たしかっただけだ。目が覚めてからもどこかぼんやりとした様子で、時折、溜め息をついたり中庭の花に微笑みかけたりしている。そんな様子を見ると、そばにいない男に対して嫉妬してしまいそうになる自分がいて、それがよけいに腹立たしく感じられるのだ。
  もっとも、自分の嫁が他の男にうつつを抜かしているのだと知って気分のいい男はまずいないだろう。それが、今はもういない男だったとしても。
  狭量な男で充分だと、薬研は胸の内で思う。嫁に夫である自分を見て欲しいと思わない男なんて、男じゃない、とも。
  夫婦になってまだひと月ほどしか経っていないこの時期だ。薬研がもっと肌を合わせたいと思ったとしても、誰も非難はしないはずだ。
  ちらりと春霞のほうへと視線を向けると、くるりと背を向けられた。
「……はっ、恥ずかしいからっ……じ、自分で脱ぐね」
  言い訳めいたことを言いながら春霞は、寝間着代わりの浴衣を脱ぎ始める。
「なんだ。俺っちが脱がそうと思ってたのに」
  残念だなと薬研は呟く。
  燭台の炎に照らされた春霞の肌がほんのりと緋色に色付いているようにも見えて、薬研はまじまじと見入ってしまった。
「ごめんね。まだ、慣れなくて……」
  背を向けたまま春霞が言う。
  その言葉通り春霞の言動は幼く、薬研は彼女がれっきとした大人だということを時々、忘れてしまいそうになる。
「いいって。気にするな」
  そう言いながら薬研は、春霞の両肩に手を置いた。
  ビクン、とほっそりとした体が震える。だが、嫌がっているわけではない。嫌なのではなくて恥ずかしいのだと、春霞からは何度も聞かされている。
  まるで未通娘のように見えるから、いっそう可愛く思えるのかもしれない。
  薬研は無防備なうなじに唇を押し当てると、柔らかな皮膚をチュゥ、と音を立てて吸い上げた。



「っ……ん」
  薬研が唇を離すと、春霞のうなじには赤く所有の印が刻まれていた。
  指でつー、とうなじに触れ、たった今刻んだばかりの印をなぞってみる。
「やだ……跡、ついてる?」
  小さな声で春霞が尋ねてくる。
「大丈夫だ。着物を着ればちゃんと隠れるさ」
  そう返すと薬研は、春霞の体を自分のほうへと向き直らせた。
  胸や股のあたりを手で覆うようにしてこちらへ向き直った春霞の姿が、薬研の中の欲望を煽り立てる。燻るように股間が熱くなってくるのを感じて薬研は、眉間に小さな皺を作った。
「春霞」
  名前を呼ぶと、春霞は伏し目がちに薬研を見つめてくる。この暗がりではよくわからないが、きっとほんのりと目元を赤らめているのだろう。
「明日は鍛刀をするのか?」
  尋ねると、春霞は小さく首を横に振った。
「しばらく鍛刀は休んで、部隊の強化に力を回そうと思うの」
  波留の本丸はまだまだ小さな本丸だったが、先に顕現した刀剣男士たちの錬度が上がらないままに次々と新たな刀剣男士を呼び寄せても仕方がないだろうというのが、春霞の意見だった。春霞のかわりに本丸を仕切ることもある長谷部も、その意見には賛成していることを薬研は知っている。
「そうか。じゃあ、少しぐらい朝が遅くなっても大丈夫そうだな」
  ニンマリと笑って薬研が返す。
  祝言を挙げたからと言って、朝は自堕落に朝寝坊をするだなんてことは一度として春霞はしたことがない。そんなことをしでかしたら、きっと次郎太刀や加州にあれこれ詮索されることになるだろう。必要以上の話題を提供すれば、後で面倒なことになるだろうこともわかってた。だから春霞は、ほう、と溜息をついて薬研の瞳を覗き込んだ。
「朝はいつも通りに起きて、皆と一緒に朝餉をいただきます」
  そうはっきりと言い切るところは、彼女の責任感の強さ所以だろうか。
  薬研は「はいはい」と返すと、春霞の唇にそっとくちづけた。ただ唇を合わせるだけの軽いくちづけを繰り返して、次第に深いものへとかえていく。
  春霞はおずおずと胸を覆っていた片手をずらして、薬研の背中に手を回した。
  ぴたりと寄り添うと、春霞は小さな声で名前を呼んだ。
「……薬研」
  ねだるように、鼻と鼻、それから頬と頬をくっつけたかと思うと、チュ、と音を立てて薬研の下唇を吸い上げたりする。
  春霞もその気になっているのだと思うと、薬研は年端もいかない子どものように嬉しかった。
  小さいが柔やかな春霞の胸に両手を這わすと、下から乳房をきゅっと掴み上げる。
「ぁ……」
  戸惑うように春霞の体が逃げを打とうとする。この反応が初々しくて、たまらない。
「ややこができたら、この胸も今よりは大きくなるんだろうな」
  ポツリと春霞の胸に向かって薬研は問いかける。
「やだ、薬研。そんなこと……」
  聞かないでと言うよりも早く、薬研の指が春霞の乳首を摘まんでいた。親指と人差し指とで挟み込み、くりくりとこねくり回しては刺激を与える。
「や、ぁ……」
  ヒクッ、と春霞の体が震えた。
「それよりも前に、乳首がもっと敏感になるんだっけな? どっちが先だった?」
  独り言を呟きながら薬研は、執拗に春霞の乳首を弄っている。
「やだ……薬研、それ……やめっ……」
  体を捩ろうとしながらも春霞は、腰のあたりをもじもじとさせている。もう一方の手で覆ったままのそこは、どんな感じだろうか。
  薬研は乳首から指を離すと、体の線をなぞりながらゆっくりと下腹部へと手を這わしていく。
  ほっそりとした春霞の体は敏感で、吸い付くようななめらかな肌をしていた。いったんは腰骨のあたりまで下ろした手を、今度はゆっくりと肋骨をなぞりながら上へと持っていく。片手で乳房をやわやわと揉みしだきながら薬研は、もう片方の手で春霞の淡い繁みを掻き分けた。
「んっ……」
  両膝をしっかり合わせた春霞は慎み深かった。だが、薬研の手が、指が、その奥へと訪れるのを待っているようだもあった。
  閉じたままの足の間に手を忍び込ませ、薬研は指先で春霞のお大事処に触れてみた。
「……ちょっと濡れてる」
  ふふっ、と薬研は嬉しそうに笑った。
  口吸いとちょっとばかり胸を弄ったぐらいで、春霞の秘所がしっとりと濡れそぼってるのが嬉しかった。
「もっ……言わない、で……」
  恥ずかしいから、と春霞が訴えるのに、薬研はまたしても「はいはい」と返す。
  それから薬研は焦らすような指使いで春霞の秘所を擦り始めた。
  春霞が頑なに足を閉じているからあまり大きく手を動かすことができないのが残念だが、気にするほどのことでもないだろう。
  クチュ、と音を立てて足の間で指を動かしていると、春霞の蜜壺の奥からどんどん透明な液が溢れてくるのが感じられた。
  指がドロドロになって、春霞の足の間がぐっしょりとなるまで、薬研は執拗に秘所を擦り続ける。その合間に乳房に唇を押し付け、柔肉を吸った。ここなら跡が残っても大丈夫だろうと、所有の証をいくつも残していく。
「んっ、ん……」
  甘えるような鼻にかかった声を春霞が上げる。
  もっと貪りたいと、薬研は思った。
「だ、めっ……」
  フルッと身を震わせて春霞が口早に呟いた。
  お大事処から滴る透明な液が薬研の指を伝い、ポタポタと褥の上に染みを作り出しているだろうことは容易に想像できた。
「だめ? 違うだろう、春霞。気持ちいいんだろう?」
  ん? と顔を覗き込むと、春霞は目尻にうっすらと涙を溜めたまま薬研を見つめ返してきた。



(2015.8.27)


1    

シリーズもの