「おやすみなさい、玉藻さん」
ベッドに潜り込んだ陽美はケットの肩口から顔を覗かせて小さく呟いた。
ベッドの脇に腰を下ろした玉藻が、陽美の顔を真上から見おろしている。端正な顔がふわりと綺麗に微笑んだかと思うと、ゆっくりと近付いてくる。
「おやすみ、陽美くん。子守歌、歌ってあげようか?」
至近距離で尋ねられて、戸惑ってしまう。
少し前から恋人のような付き合いを始めた二人だったが、キスから先はまだ、したことがない。もちろん陽美は玉藻のことが好きだった。この人と一緒にいたいと思うような存在ではあったが、キスの先……となると、どうしても躊躇いのほうが強く、いまだに肌を触れ合わせたことはない。
そもそも玉藻は伝説のあやかしだ。九尾の狐と言えばわかるだろうか。大妖怪でもある玉藻前と恋仲になったまではいいのだが、それまでの彼の恋の遍歴を考えると、どうしても躊躇われてしまうのだ。
「……キスが、いいです」
少し考えてから陽美は返した。
おやすみのキスをするようになったのは、ここ数日のことだ。部屋に戻ろうとする陽美を引き留める玉藻があまりにも可愛らしくて、つい唇を許してしまった。それ以来、おやすみのキスは欠かさずしている。
「ん、わかった。」
頷いて玉藻が唇を触れ合わせてくる。
チュ、と乾いた音がして、ついでゆっくりと唇が離れていく。
寂しいな、と陽美は思った。もっとキスしていたい。玉藻と離れたくない。どうしてだか今夜は、そんな気分がする。
「これでいい?」
玉藻の瞳が優しく陽美を見おろしてくる。
「ん……もっと、してください」
触れるだけじゃなくて、もっと深いキスが欲しい。
眠っている間も玉藻とは離れたくない。もっと近付いて、もっと触れ合っていたい。夢の中でも玉藻と一緒に過ごすことができたらどんなにか幸せだろう。
トロンとした眼差しで陽美は玉藻を見上げた。玉藻は綺麗な顔に笑みを浮かべていた。
「そんなこと言って、キスだけじゃすまなくなっても知らないよ?」
悪戯っぽく目を輝かして、玉藻が告げる。
こんな時の玉藻は、九尾の狐を彷彿とさせる。少し意地の悪い眼差しに取り込まれそうになる。獣のような鋭く光る瞳に見つめられ、陽美は照れくさそうに目を逸らした。
「別に、玉藻さんなら……」
恋人同士なんですし、と言い訳がましく呟きかけた唇を、玉藻の唇が塞いでくる。
今度はしっとりと深いくちづけだった。
玉藻の大きな手が、陽美の頬や髪を愛しげに撫でてくる。
お返しに陽美は、玉藻の背に両腕を回した。
ぎゅっと抱きしめて唇を合わせると、玉藻が小さく喉の奥で笑ったのが感じられた。
「……ん、ぅ」
クチュ、と湿った音がして、玉藻の舌が陽美の口内に潜り込んできた。
少しざらついているものの、滑らかな感触の舌で口の中をくすぐるように舐め取られた。 「ふ……っ」
鼻にかかるような声が洩れるのを堪えていると、また玉藻が小さく笑った。
「声出していいよ、陽美くん」
もっと聞きたい、と耳元で囁かれ、陽美の体温が上がったように感じられる。
やっぱり、慣れている。妖力に惹かれてということもあるだろうが、彼に寄ってくる人間は多かった。浮ついた付き合いを繰り返していた玉藻は男女問わずにいろんな経験をしているのだろう。人並みより少し遅いぐらいだと思っていた陽美の経験が、玉藻の前では奥手で初な少女のように思われるほどだ。
「だって、灯りが……」
部屋の明るさが気になって陽美が訴えると、玉藻はああ、と呟いた。すっと玉藻の体が離れていったかと思うと、ベッドサイドの灯りだけを残して全て消してしまう。
「これでいい?」
再び陽美に覆い被さってきた玉藻は、返事を聞く前にキスを再開させていた。
少し強引で、こどものように純粋で。だから嫌いになんてなれないのだなと陽美は思う。 玉藻の体に両手を回し、今度は優しく抱きしめる。
「でもあの、オレ、初めてなんで……」
こんなふうに同性である男の人に抱かれることになるとは、陽美自身思ってもいなかった。
玉藻に会ってからの自分は、どんどん変わっていっているような感じもして、時々不安になることがある。だが、それでも玉藻のことが自分は好きなのだから、こんなふうに今夜、肌を合わせることになっても恐いとは思わなかった。
「大丈夫だよ。痛いコトは今日はしないから」
耳たぶをやんわりと甘噛みされて、陽美は咄嗟に首を竦めた。くすぐったいような気持ちいいような感じがして、どう返せばいいのか迷ってしまう。
「……玉藻さんにお委せしますから、いちいち口に出して確認しないでください」
恥ずかしいから、ひとつひとつ確認しないでほしいと思うのは我が侭だろうか。それとも、自分がこういうことに慣れていないだけだろうか。
「本当? 全部僕に委せてくれるの?」
ペロリ、と唇を舐め上げられた。
嬉しいなぁ、と呟きながら玉藻の手が、陽美の着ているものを一枚いちまい丁寧に剥ぎ取っていく。
「あの、玉藻さ……っ」
チュゥ、と音を立てて鎖骨の皮膚を吸い上げられた。
「んっ、ぁ……」
ゾクリと背筋を駆け下りていくのは、間違いなく快感だ。
気持ちいい。呟いて陽美は、玉藻の髪に指を絡めた。
玉藻の愛撫は優しかった。
恋愛初心者の陽美に合わせてくれているのか、恐がらせないように丁寧に緊張を解していってくれる。
キスの合間に体のあちこちを指で触れられ、撫でられた。
気持ちよくて声を上げると、嬉しそうに微笑んでくれる。緊張しなくていいんだよと声をかけ、いくつものキスをしてくれる。
ゆっくりと勃ち上がりかけた陽美のものに手を添えた玉藻は掠めるようなくちづけを繰り返しながら、下へ、下へとずり下がっていく。
「玉藻さ……」
指に絡まる亜麻色の髪をそっと引っ張ると、玉藻の手が陽美の手を取った。指先にまでくちづけられて、陽美はそんな部分ですら感じてしまう自分に驚いていた。
「指、気持ちいいの?」
クスッと玉藻が笑った。
玉藻が笑うと、自分も幸せな気分になる。陽美は微かに頷いて、玉藻の瞳を覗き込んだ。 「もっと気持ちいいコト、してあげるね」
言いながら玉藻は陽美の足の間に体を落ち着けた。それから両手で勃起した陽美の性器を包み込む。壊れ物を扱うような慎重な手つきで根本から支えられ、竿を包み込まれた。
「硬くなってるね、陽美くんの。先のほう、舐めてもいい?」
陽美が躊躇っていると、玉藻は焦れったそうに先端の小さな孔を見つめた。愛しそうな眼差しが、ねっとりと舐めるように陽美の性器を凝視している。
「ゃ……見ないでください、玉藻さん。そんなに見られると……」
「見られると? 恥ずかしい?」
ちらりと陽美を見つめる眼差しが、欲望の色に濡れている。色っぽいというのはこういうのを言うのだろう、きっと。艶めかしくて、なにもかもを委ねてしまいたくなるような玉藻の眼差しに、陽美は恥ずかしそうに頷いた。
「だって……」
百戦錬磨の玉藻にはどうということはなくても、陽美にはこれが初めてのセックスだ。慣れていなくて当然だろう。
頬を膨らませ、少し拗ねたように玉藻を見つめ返すと、クスリと笑われた。
それから玉藻の顔がさらに竿のほうへと近付いて……パクリと口の中に陽美の性器が飲み込まれた。
「あっ……!」
温かくて、ヌルヌルとした口腔内に包まれて、陽美は慌てた。
「駄目っ……駄目です、玉藻さん……汚いから……」
陽美が腰を浮かして逃げようとすると、玉藻の喉の奥に竿を押し込むような格好になってしまった。飲み込んだ先端が喉の奥にあたりそうになったのだろうか、玉藻が苦しそうな表情をする。敏感な亀頭の部分が喉の粘膜に触れ、それが妙に気持ちよくて、陽美の先端に先走りがじわりと滲み出す。
「ん、ぁ……」
くぐもった声が玉藻の口から洩れた。
玉藻は陽美の腰を捕まえると、一旦口を離してごめんねと謝った。
「大人しくしてくれたら無理強いはしないよ、約束する」
その瞳があまりにも真摯なものだったから、そしてあまりにも悲しそうだったから、陽美はほうっ、と息を吐き出して、彼の髪をくしゃりと撫でた。
「オレこそ、ごめん。玉藻さんがオレのこと大切にしてくれてるの、ちゃんとわかってるから」
今少しだけ、勇気が必要なだけだ。
玉藻に抱かれるための勇気が。
陽美の気持ちが落ち着くのを待って玉藻は、ゆっくりと愛撫を再開した。
竿を口に含むのをやめた玉藻は、今度は亀頭の周辺をペロペロと舐めだした。
竿の根本を両手で支え、時々てのひらで擦ったり指を伸ばして袋を揉みしだいたりと忙しそうにしている。
陽美はと言うと、身を起こしてそんな玉藻の仕草をじっと見ていた。
髪を撫でたり首筋に触れたりすると、気持ちいいのだろうか、玉藻は時々小さく笑った。それが嬉しくて陽美は、熱心に玉藻の髪を優しく梳く。亜麻色の髪は柔らかで手触りがよく、ずっと触れていたいような感じがした。
「ね、陽美くん。ドロドロになってきたね」
ふと顔を上げた玉藻が、嬉しそうに言った。
「ほら、ココ」
と、玉藻は、陽美の竿裏をペロリと舐めてみせる。
ヒクン、と竿が震えて先端に滲んだ先走りがトロリと零れ落ちるのに、陽美は赤面した。 「や……も、言わないでくださいってば」
怒ったように言うと、玉藻はしゅん、としてごめんね、と謝ってくる。こんなふうにしょんぼりさせたくて言ったわけじゃないのにと思うと、こちらが悪いことをしているような気がしてくるから不思議なものだ。
「言わなくていいから、続けてください」
そう言って陽美は、自身の唇に押し当てた指を玉藻の唇にそっと押し当てる。
「……続けて」
これ以上は言わせないで欲しい。そう、眼差しで訴えると、玉藻は察してくれたのか、そそくさと陽美の足を大きく左右に広げさせた。
背中に枕を当ててベッドに寝そべった状態で陽美は、自分の足が左右に開かされるのをぼんやりと見つめていた。
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